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ヴェネツィアへ

 11月のヴェネツィアは、特に初めての方にはおすすめしない。日が短くてあっという間に暗くなるし、お天気の悪いことが多く、ぐっと冷える。そして何より、名物のアックアアルタ(高潮、冠水)の発生率が高い。さらに日の暮れとともに、または明け方からずっと、深い霧に包まれることも多い。アックアアルタも困るけれど、霧は、水上バスなどが運休になったり経路変更になったりするから、移動の必要な場合は要注意。だが特に水上移動もなく、急ぐ用事さえなければ、この白い闇の中を歩くのは実は、案外悪くない。

 週末にヴェネツィアへ行った。駅で降りると目の前は期待通りの霧。仕事に出かける人々がダウンコートの中で身をすくめるのをよそに、一人マスクの陰でニヤリとした。

 ヴェネツィア本島を逆S字に流れるカナル・グランデ(大運河)の入り口で大きなクーポラを構え、ヴェネツィアの風景になくてはならないシンボルとなっているサンタ・マリア・デッラ・サルーテ大聖堂は、17世紀に、当時ヨーロッパで猛威をふるったペストの終焉を聖母マリアに感謝するために建てられた。それ以来毎年11月21日には、当時のヴェネツィア共和国の総督や聖職者らと共に市民は行列を作ってこの教会を参拝し、感謝の祈りを捧げた。現在もこの風習は続いており、大司教や市長による行列が前夜に組まれるほか、多くの市民はその前後に各自教会を訪れ、ミサに出席するか否かにはかかわらず皆、蝋燭を捧げる。
 サン・マルコ大聖堂の側から歩いて参拝がしやすいよう、その数日間は対岸から仮設の橋がかけられる。

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  疫病の流行終焉を感謝し、これから1年の皆の健康を祈るサルーテの日には、毎年ヴェネツィアの内外からたくさんの参拝者が訪れるのだが、昨年のこの時期は移動制限もあり、来られなかった方も多かっただろう。今年こそは、こんな時だからこそお参りしておきたい、という人が一段と多かったのだろうか(自分もその一人だし)、21日の午前中に、仮設の橋を渡って教会に向かうと、そこには長蛇の列が、まさにとぐろを巻いていた。入場制限をかけているからある程度は仕方がないとはいえ、これでは待っている間に風邪を引きそうだ。蝋燭は来年以降、1回分多くお供えすることに心で決めて今回は残念ながら、お参りは外からのみとさせていただくことにした。

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 たいていはぐっと寒くなる頃、特に深い霧に覆われることの多いこの日、外を歩いて底冷えのする教会でのミサに参加すると体が冷えるからだろうか、サルーテの日には「カストラディーナ」というスープを食べることになっている。去勢された羊の肉とキャベツを煮込んだスープで、見るからに体に良さそうな滋味料理は口に含むとほっこりと優しく、ひとくちごとに体が温まるのを感じる。もともとは家庭料理だろうけれど、仕込みに時間のかかることもあり自宅で作っている家庭も減っているのかもしれない。あるいは、外からくる観光客を見込んでか、この時期になると「カストラディーナあります」とレストランや居酒屋に看板が出ていたりする。

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 カストラディーナで体を温め、ムラーノ島のガラス工房1件と本島のテキスタイル・メーカーのクリスマス前セールを冷やかし、オーダーしていたシルクスクリーンを2年越しで引き取り、知り合いの工房で立ち話、友人たちとのランチ、スプリッツというヴェネツィア名物の庶民カクテルでアペリティーヴォ、これまたヴェネツィア名物の「エッセ」というビスケットでお茶、そしてまた友人ファミリーとピッツァ。
 そうそう、そしてサルーテ参拝の後には欠かせない、この日しか出会えない屋台の巨大揚げたてパンは、外から参拝のあと、例年通りしっかり味わうことができた。

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 またこの一年、自分や家族、友人たち、そしてこれを読んでくださっている方が健康に過ごせますように。このパンデミックが少しでも早く落ち着きますように。

#ヴェネツィア #エッセイ #サルーテのお祭り #カストラディーナ #伝統料理 #イタリアの休日  

11.23.2021


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