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魔女の旅立ち(2)3,034文字

ベケット卿が帰って、アビゲールはウォルター卿と呼ばれた赤い騎士と二人になった。

「悪いけど、もてなす気にはなれないわ」

「かまいません。私は、野宿に慣れているので」

アビゲールは本当に野宿する気か聞こうか迷ったが、騎士とは言え、見知らぬ者を家に入れるのは抵抗があった。

「そう」

と、言って自分だけ家に入ってしまった。

(どうしよう)

気丈にふるまっていたが、心の中は大騒ぎしていた。いったい何が起きているのアビゲールにはわからなかった。

(とりあえず落ち着かなくちゃ)

アビゲールは深呼吸をした。
そして、渡された手紙を確認することにした。

手紙には赤い封蝋がしてあった。現国王のシンボルマークである二匹のライオンの印璽が押してあった。

(たぶん、本物だ)

アビゲールは、手紙の中身を確認した。

そこには国王の命令と、使いの者と一緒に登城するように書いてあった。
しっかり国王のサインが記されてある。

でも、なぜだろう?
アビゲールは元王宮魔法使いではあるが、「元」である。今はどこにでもいる町の魔女だ。国に魔女である登録はしてあるが、特別国王に登城を命じられる理由はない。考えられることは、王宮魔法使い時代の生意気な態度だが、そんな昔のこと今更咎めるほど国は暇ではないだろう。

それならば、アビゲールだけではなく、国中の魔女と魔法使いが招集されているのだろうか?

仲間に連絡を取ろうかと思ったが、明日、迎えに来るとしたら、間に合わない。上級魔法を使えば相手と今すぐつながることもできるが、相手も同じ状況なら連絡を取り合ったことがばれて、相手に迷惑がかかるかもしれない。
上級魔法はそれなりに準備が必要なので監視に気づかれたら面倒だ。

(そういえば、監視役はなにをしているんだろう)

アビゲールは、静かに窓に近づき外を見た。
玄関で仁王立ちしている。
赤い騎士はふとこちらを見た。

(まずい!)

アビゲールはとっさに隠れた。今ので気が付いたのだろうか?そうであるならば、こっそり逃げ出すことはできそうにない。
ちょうど夕飯の時間だ。夕食に誘って睡眠薬で寝かして、その隙に逃げるか?しかし、新人騎士ならそれもうまく行くかもしれないが、あの騎士は見るからに手練れ。そんなにうまく行くとは思えない。
そもそも、あの騎士と仲良く食事なんて想像できない。

(私、逃げることしか考えてないわ)

アビゲールは床に座り込んだ。
逃げるか、国王の命令の従って登城するか。
しかし、登城したらもう帰って来れない気がした。
王宮魔法使い時代を思い出したら胸がキュッとなった。

(あそこには戻りたくない)

しばらく床に座り込んだまま天井を眺めていた。

(ベケット卿は本当に何も知らないみたいだった。たぶん、本当に使いとしてきただけ。あの騎士も何も知らないのだろうか?一人だけ甲冑の色も違ったし、ただの騎士じゃなさそうだけど)

アビゲールは迷った。騎士を中に入れて話を聞こうか?でも、家に招いたらそれこそ本当に逃げられない。

(もともと逃げられなそうだし、できることはやるか)

アビゲールは立ち上がった。玄関に行きドアを開けた。
騎士がこちらを振り向いた。

「あなた本当に明日までここにいるの」

「はい」

「フーン」

「なにかありましたか?」

アビゲールは、自分の決断が間違っていないことを祈った。

「昼間は暖かいけど、まだこの季節、夜は冷えるわ。
 布団はないけど外よりましでしょ?」

そう言いドアを大きく開いた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

一回くらい遠慮するかと思ったが、意外にすんなり承諾した。
騎士は中に入り、アビゲールは玄関を閉めた。

「ウォルター卿でよかった?監視役だから、ゆっくりできないと思うけど
 そこの椅子に座ってちょうだい」

「いえ、私は」

「大きい人にずっと立たれてると結構圧迫感があるのよ」

自分でも自覚があったのか、ウォルター卿は

「では」

と言って、素直に椅子に座った。

アビゲールは台所に行ってお湯を沸かしてお茶を入れた。一瞬、睡眠薬を入れようか、と思ったが、思いとどまった。今は貴重な情報源だ。睡眠薬を試すなら後でも遅くない。

自分とウォルター卿の前にお茶を置き、

「安心して、変なものは入っていないから」

と、言って、さっき変なものを入れようと思っていたのにこんなことを言っている自分が少しおかしく感じた。

「ありがとうございます」

と言いつつ、ウォルター卿はお茶には手を付けなかった。

(あたりまえか)

アビゲールは気にせずお茶をすすった。
そして、気になっていたことを聞いた。

「あなただけ甲冑の色が違ったけど、意味があるの?」

「彼らはベケット卿の騎士です。私は王太子殿下の直属の騎士になります」

アビゲールは混乱した。確かに、現王太子のシンボルカラーは赤だ。でも、なぜ、王太子直属の騎士がこんな田舎の魔女の使いに来て、監視をしているのか?
王都で何が起きているのだろう?

「国王は今、王太子殿下の力を削ぐため、あらゆるいやがらせをしています。我々、王太子殿下の直属の騎士たちを地方に散らし、殿下がクーデターを起こさないようにしているのです」

「クーデター!?」

アビゲールが王都にいたとき、王太子はまだ十五歳くらいだった。そのころから、聡明で、人を引き付ける力があることは、噂になっていたが、王宮魔法使いとしての仕事に夢中になっていたので、それ以上詳しいことは知らなかった。あれから五年経っているので、今は二十になったころだろう。

「それで、王太子はクーデターしそうだったの?」

「いえ、王太子殿下はそのようなことは思っておりません」

「今回の招集と王太子のクーデター疑惑とは関係があるの?」

ウォルター卿は下を向いた。
そして、意を決したように息を吸った。

「実は今、我が国はコゾレ帝国と戦争になりそうなのです」

「は?コゾレ帝国って海の向こうの大国でしょ?なんでそんなことになってるの!?そんなこと聞いたことないわ」

アビゲールは自分で言って、その理由がわかった。こんな田舎にそんな情報が入ってくる頃にはもう戦争が始まっている。

「まだ上層部の一部しか知らない情報ですが、カンディオ島が占領されました」

アビゲールは絶句した。
カンディオ島は我が国の領土ではない。
カンディオ国という独立した小さな国だ。
重要なのはその位置にあった。
カンディオ島は我が国、パナルキア国の沖にある。海の向こうの大陸から攻撃があるとき、まずカンディオ島が狙われる。
敵国はカンディオ島を拠点に攻撃してくることが予想できるから、小さな島ではあったが、防衛の観点からとても重要な国であった。パナルキア国はカンディオ島に防衛費を当て、小規模ではあったが軍を配置していた。

カンディオ国のほうにも事情があった。
カンディオ島は小さな島なので資源が少ない。
どうしても大陸の国に頼らざるを得ない。そこで一番近いパナルキア国が大きな取引相手になっていた。軍を置かせる代わりに経済的な面で支援を受けている。

こうして昔から両国は持ちつ持たれつ、友好な関係を築いていた。

そのカンディオ島が落ちたのだ。
これはただ事ではない。海辺の町では噂になっているかもしれないが山奥の田舎のこの町にはまだ届いていない。

「それ、私に言っていいの?」

国としてはまだ伏せていたい情報だろう。なぜこのことをアビゲールに伝えたのか気になった。

「はい、私はアビゲール殿にそのことをお伝えし、王太子殿下が計画していることに、ご協力いただくよう王太子殿下から言われ参りました」

(つづく)


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