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韓国映画「ユ・ヨルの音楽アルバム」

姉妹で営むパン屋「ミス製菓」に豆腐を求めて高校生の男の子がひょっこり現れる。そこからこの映画のストーリーは始まる。

店から出た男の子はミス製菓から流れてくるラジオ番組「ユ・ヨルの音楽アルバム」を聴いて「奇跡だ」と言う。少年院から出たばかりの彼(ヒョヌ)にとっては、そんな、何でもないことが奇跡だった。彼は高校を辞め「ミス製菓」でアルバイトを始める。姉妹の妹であるミスはヒョヌよりも1歳年上の大学生だった。ヒョヌとミスが出会って離れ、また出会って別れ、また出会い、、ストーリーは二人の季節の移ろいを追っていく。

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過去にからめとられる度に、ヒョヌはある日突然ミスの前からいなくなる。ミス製菓はヒョヌにとって、ミスに恋をした場所であり、ヌナと3人で楽しかった特別な場所だ。苦いことばかりのヒョヌの人生で、唯一苦さから切り離された時間だったのでしょうか。あそこに絶対に帰りたいと願うほど、特別な場所で特別な思い出に。きっと彼にとってミス製菓はしあわせの象徴。ミスは甘い思い出の中の特別な女の子になった。

ミスにとってもヒョヌは、思い出の中にいる忘れられない男の子だったのだと思う。思い出の中にいる特別な異性として、俳優チョンヘインはこれ以上もない適役でしたね。捉えようとしても捉えきれない瞳に、危うい少年性が揺れている。

瞳の危うさは、そのまま二人の関係の危うさに重なる。だから偶然の助けにより二人の時間がまた繋がった後も、とても幸せそうな二人なのに、美しい思い出をただ重ねてるようにも見えて。

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そうした恋人たちの日常シーンが、この映画を特別好きになる人がいるだろうと思わせるところだ。それはありふれたささやかな日常。それでも一瞬が永遠になるような瞬間を私たちに思い起こさせ、そのありふれた二人が、美しく胸に残るのです。

一緒にいたい気持ちが強いほど、不安とは隣り合わせだ。幸せであればあるほど、それが刹那のものにも思えて(あれほど美しく感じるのはその為だろうか)ミスはいつかまたヒョヌがどこかに行ってしまいそうな不安を拭い去れなかったのかもしれない。

なんといっても彼は、掴まえきれない瞳の持ち主なのだから。「なんでそんなふうに笑うの?」と問いかけたくなる人なのだから。彼の方にも、いつか去らなくてはならない時がくるのではと不安もあったろうから。

だからこそミスは過去を忘れて始めようと言ったし、ヒョヌは過去が侵食してきたことにあれほど怒ったのでしょう。彼にとってミスはそこから切り離された特別な存在だったから。

青くてしあわせで実は壊れやすい二人の関係。ヒョヌが、自分の幸せを半分諦めて、半分諦めきれずに揺れているのを反映しているかのよう。ずっと一緒にいたい気持ちは二人同じなのに。ミスはヒョヌに幸せを諦めないでいてほしいし、ヒョヌはミスが自分を信じていてくれたら半分が全部に変われる気がしていたのかな。

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過去に囚われず現在地点から前だけを見てほしいとミスは願い、でも姉から聞いたヒョヌの言葉で、自分こそ今目の前のヒョヌを迷いなく信じてはいなかったと気付いたのかも。ミスが去り、ひとり取り残されたヒョヌは、幸せを諦めている自分との訣別にやっと走り出すことができた。以前なら、自分のいたかった場所へと戻ることすら諦めていたけど、諦めずに走っていたから。失いたくないなら、諦めてはならないのだよね。

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書いてしまうとよくあるストーリーで、映画として絶賛される類のものではないのかもしれない。けれど、あのシーンこのシーンが観たくて、何回も繰り返し観たくなる映画だ。二人のシーンがとにかく好きだ。

ラストシーン、私が思うのは、二人は思い出の中に生きるより、今を、未来を、選び獲ったのだよねと。

そしてまた、観たくなる。


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