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「灯台守の話」 ジャネット・ウィンターソン

岸本佐知子 訳  白水社

灯台守の物語


午後はウィンターソンの「灯台守の話」。これはもう、トカルチュク(「昼の家、夜の家」)、アトウッド(「侍女の物語」)とまとめて味わって比較しよう…とするコンタンがアリアリ?
それはともかく、物語の拡散度はアトウッド以上トカルチュク以下(どれしも読んだのは一作品のみ…で言うか…)。
全体に染み渡る海の霧と闇の匂いの効果が素晴らしく、印象的な言葉も多い。トカルチュクやアトウッドと並んで自分好み。物語を語り、自分をフィクションと見なせるかどうかで、この世をサバイバルできるかが決まる…というウィンターソンの考えがびしびしと伝わってくる。
(2011 04/04)

闇味のソーセージはいかが?


海を照らすけど内部は真っ暗な灯台は、「現在」の象徴だろうか。とにかくこの中で生活している灯台守のピューと主人公のシルバーは闇の味のソーセージを焼く。こういうもう地味だけど強烈な(もっといい表現思いつかないものだろうか>自分)印象を一つでも読者に植え付けることが出来れば、その小説は成功作だよね。 
「現在」は海みたいなもの。 

 わたしは黙った。ピューの耳にはわたしが考える音が聞こえるらしかった。わたしの頭に、ピューのあの不思議な、クモの巣みたいにふわりとした手がのせられた。 
(p56)


また知覚の変換と細やかさがここにも見られる。トカルチュクはキノコの生育音だったけど、ウィンターソンは考える音か・・・ひょっとしたら同じ音?だとしたらキノコもまた考える。スコットランド産闇のソーセージにポーランド産キノコは合いそうだ。そして、それを覆い尽くすようなクモの巣・・・ 
あと、物語冒頭などの描写と受胎・出産のイメージの重なり合いだとか、ピューの輪廻転生性だとか、ポイントはいろいろありそうなのだが・・・ 
ああ、この本の鍵を握る歴史上の人物(作家)はスティーブンソン。「宝島」「ジキル博士とハイド氏」の・・・しまった、読んでなかった・・・シルバーとかピューとかいう名前もスティーブンソンにも出てくるそうな。 
(2011 04/05)

語り手は、果たして…


「灯台守の話」は中盤。ダークの何ともわからん、しかしなんだか自分の生き方とも共通性もありそうな二重生活を語りながら、灯台守のピューと語り手シルバーは灯台で毎日を過ごす。
が、ここにも時間は流れ、灯台無人化計画が進行する。語り手シルバーが生まれたのは1959年(あ、ついでに言うと作者ウィンターソンも同じ…)。1969年、10歳の時、母親と死に別れ灯台に来たわけだから、なんだか灯台無人化計画なんて時代徴候になりそうなサッチャー時代だとすれば、20代くらいにはなってるのかな?でも「正規」の教育を受けていないシルバー…をどうするか、灯台に来た時と同じように、ナントカ教育委員会みたいなミス・ピンチが出てきて3人の話し合い。この小説内では滑稽ながら外側世間代表みたいなミス・ピンチだけど、描かれ方は単に批判対象ではなく、ある種の愛情も込められていそう。

んで、この灯台無人化計画の場面内に、「お決まりのコース」云々…と、デモとかグラスゴーでの動きとかいろいろ書いてあるけど、ここは…語り手シルバーの知ることのできる世界なのか?あるいはひょっとしたら知ることができた(この灯台にテレビはなさそうな気がするけど)としても、視点がシルバーではない気が…でもこの記述の語り口は今までのシルバーとそんなに変わらないんだよね。ということで、「語り手シルバー」と思っていた今までの読みがぐらつき、この小説の語り手を再考することに…

耳の奥の化石


さて、朝の「灯台守の話」の続き。ピューが語る牧師ダークの物語。ダークが犬を連れて崖になっている海の方へ行くと、ふとしたことで犬が崖下に落ちてしまう。犬を助けようと自分も崖を降りていったダークの見たもの。それは洞窟。もしくは岩の隙間。その中に入っていくと、海の生き物の化石が一面に…新たな景色が急に開けたような展開で、物語にぐいぐいと引き込まれる…

ここで印象に残ったことの一つに、この洞窟ないしは岩の隙間が「耳」に例えられていたことが挙げられる。耳は物語を聞く装置、 それになんかの神話か何かにあったような、こういうシチュエーションで「耳」が関係する話…この灯台がある町はソルツ(町は実在しないが、モデルとなったスティーブンソン一族が建てた灯台は実在するらしい)は別名を「化石の町」というらしい。これから先、ダーウィンも登場するような意味での「化石の町」らしいが、ピューとシルバーの現時点では別の意味での「化石の町」(時代に取り残されたという)。
耳は確かに洞窟に似ている…
(2011 04/06)

マン、ダーウィン、ワーグナー


えと、後半に入り、現時点でのシルバーは、何かしがみつくものが欲しくて、本とか(言葉をしゃべる)鳥とかを盗もうとして捕まる。

その話、あるいはダークの話で出てくるのが標題3人の本。「ベニスに死す」はシルバーの盗んだ本。これも海とか潮とか関係ある小説。
ダーウィンは絶対者神の造った自然を見失いつつあるダークに向かって、「この世は大きなエネルギー循環みたいなもので、過去の人もまた現れます」みたいなことを言う。
そのダーウィンと好対照なのがワーグナー。そいえばダークの飼っている犬は「トリスタン」と呼ばれていた。ワーグナーとダーウィンはさっきも書いたように対照的な人物のように思われているけれど、実は考えている根っこは同じ物ではなかろうか?というのが、ウィンターソンの考えみたいな気が。

物語は魚釣り


「灯台守の話」読み終わった。
この本買った時は、小説はずっと灯台の中の語り合いで終始する…と想像していたのだが、ではなく後半はこの間述べた灯台無人化計画で追い出されたシルバーが、イタリアやギリシャを旅しながらなにものかを求めていく、そういう話になる。闇の前半に対し、光のギリシャの後半…
旅から戻ってダークの子孫なのか神なのかよくわからないけれどパートナー見つけて森の中での生活。通りがかったアイアンブリッジ(産業革命発祥の地)で、語り手はその昔釣りをしていた労働者を思い浮かべて、物語を語るということをこの澱んだ川での魚釣りに例えている。

   川面から立ちのぼりはじめた冷たい靄の中に、わたしは彼の不安と恐れをありありと感じた。数えきれないほどの人生が層をなして重なりあっている。それを見つけるのは簡単だー息をひそめ、正しい場所で待ち構え、鱒をおびき寄せるようにおびき寄せさえすればいい。
(p225)


最後にはピューが再び登場し、ミス・ピンチが実はみなしごだったと証言するが、ちと自分にはここがよくわからなかった…
とにかく、ピューは灯台にいつもいる…灯台は人間の象徴…ピューはもともと灯台守になる前は蜘蛛の巣を集めて保存して売っていたという…蜘蛛の巣は人間の脳のシナプスなのかもしれない。
(2011 04/07)

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