「チェコSF短編小説集」 ヤロスラフ・オルシャ・jr.編
平野清美 訳 平凡社ライブラリー
最初と最後、ハシェクとネフ
チェコSF短編小説集から、最初のハシェクと最後のネフを。ハシェクのは人造人間のテーマ、ネフのはタイムトラベルのテーマではあるけど、作家の関心はハシェクの場合はオーストリア帝国の関税、ネフの場合はホロコーストだったりする。そんな短かめの作品。
(2018 12/11)
今日は4作品。
ヤン・バルダ「再教育された人々ー未来の小説」
カレル・チャペック「大洪水」
ヨゼフ・ネスヴァドバ「裏目に出た発明」
ルドヴィーク・ソウチェク「デセプション・ベイの化け物」
最初のはハックスリーなどのアンチユートピアものの中編作品からの抜粋。下の二つは戦後出てきたSF作家。
(2019 06/10)
ヨゼフ・ネスヴァドバ「裏目に出た発明」
ネスヴァドバとソウチェクは双方とも医者出身。「裏目に出た発明」はオートメーションの権化たるAIが人類を滅ぼしつつあるという話。SF的に厳格な論の進みではなく、世界規模に話が幻想的に進むところはチャペック「山椒魚戦争」との関連。でも、自殺する人と(まだ)そうではない人がいて、その対比ももっと踏み込めそうなポイント…だったかな。
ルドヴィーク・ソウチェク「デセプション・ベイの化け物」
読んでいて楽しかったのは後者ソウチェク。NASAの火星到着後の訓練としてラブラドル半島で訓練走行をする語り手含む三人、最初は訓練しているのを確認したいために置かれた装置が映した映像であったが、最後のは本当の火星人?でそこでの戦闘で語り手の同僚一人が死に、もう一人は狂気に冒される。
1960年代のチェコの作品がNASAを舞台にする作品を書くこと自体が政治的にどんなものだったのかも多少気になる。
それより?最後まで語り手が相手の火星人?を、NASAが作った装置だと思っていたというのがちょっと無理あるかな?と。これは本物だろうかと懐疑が語り手に起こり始めるという方が話として面白くなるし、実際にもなんか変だと気づくとも思う。
それともこれによって、上司に操られる部下という効果が増して社会主義政権下では意味あったのかな(こう書いていて気づいたけど、戦間期のバルダの作品には全体主義的な「社会主義」体制と明記してあったけど、共産党政権になった時期のチェコでは出版されてたのか)。
この作品はパリに集まった変な体験をした人だけが集まる店で語られる枠物語の、四つの話のうちの一つというかたちなので、その全体として読むとまた別のものが見えてくるのかもしれない。
カレル・チャペック「大洪水」
というわけで?純粋に今でも一番楽しめて自分的にも好きなのは、やはりチャペック作品。SFとかなんとかも通り越して、世界の終わりまでも生きのびる怒れる素人考古学者の老人、キルヒネルさんだかベズジーチェクさんだか…のなんだかわからない存在感。
「オオカミ男」ヤロスラフ・ヴァイス。
犬人間のその後
生化学者が犬と人間の脳交換をするという話で、ブルガーコフを思い出させる。この作品で面白かった?のは、脳交換手術をした同僚に復讐した後の、犬人間の変化。一定期間の倦怠の後、血と骨の味が忘れられなくなり夜な夜な…という怖い展開になるわけだけど、ここのおかげで、この短編の射程は単なる動物実験問題越えて、技術社会、人間社会全体へと広がっていく。どうして倦怠期があったのか、そして技術やその他もろもろは人間の性なのか。
「わがアゴニーにて」エヴァ・ハウゼロヴァー
この短編集唯一の女性作家。これはチェコの女性サイバーパンク?
この前までの作品は、読んでいてどんな作品世界なのかすぐわかって入り込めたけれど、この作品はそうではなく、最初の方はさっぱりなんだかわからないテンション。この時代に影響したサイバーパンク調なのか。
大きなアゴニーという団地世界で人工臓器や薬などが入った手動エレベーターが行ったり来たりしているのだが…そのうち、コスモポリスとかいう別の場所から男が現れて…と話が進んでいくと、主人公ハータのコスモポリスからの男バルバナーシュとの不倫と、アゴニーとコスモポリスとの比較(これは東側(アゴニー)と西側(コスモポリス)の対比とも言える)に筋がまとまってくる。
ここなどはアゴニー=東欧の日常を切り取ったようであり、一方p230でバルバナーシュが語り聞かせているコスモポリスの様子は、アメリカ等西側世界。ただそれを聴くハータはそこに行くのはかなり不安そうに見える。ただこちらアゴニー側にも居場所がなくなりつつあるようで…
(2019 06/13)
ケネディ外伝の外伝?
チェコSF作品集残り2作品のうちの一作。ケネディを題材にしたバラードの作品の、そのまたパロディらしい。月面着陸作戦が、宇宙他文明との競争だった、というネタのうえにさらに、別のケネディの生涯を重ね合わせている。
あと一作品は中編といっていいくらいの文量。こっちはブラッドベリへのオマージュ?
(2019 06/17)
ノヴォトニーの「ブラッドベリの影」
チェコSF作品集の残り最後、ノヴォトニーの「ブラッドベリの影」を読み始め30ページくらい。火星探査を舞台にした、この作品集中、一番SFっぽい作品。ブラッドベリとは「火星年代記」のブラッドベリ。
気になる点をピックアップ。
最初はなんかいろいろな国からいろいろな人が、この火星探査に参加していて、そういう楽しみ?というか、言ってしまえば現時点の視線があるのだが、西欧と東欧しかないのが気になるところ。機器は日本もアメリカと共同製作しているみたいだけど。
火星の氷壁がパイプオルガン付き祭壇みたいだとか、行方不明の隊員が残したモビルスーツみたいなのがキリストの磔刑図が後ろ向いているみたいだとか、神・宗教との連関を示していると思えば…
ノヴォトニーへの影響が作品前の解説で示唆されている、レムの「ソラリス」みたいに、宇宙生命体とのコンタクトの異質性がここ(30ページ過ぎた辺り)から書かれていくのかな、とか…
今のところ、そんな感じ。
(2019 06/19)
メルが選び取ったものとは何か
「ブラッドベリの影」今日中に読み終えて、チェコSF作品集を終了。
火星の峡谷の「影」は何者か、たぶん火星の滅んだ巨大生命体の亡霊のようなものが、そこにいる人の過去の悔恨等からその「影」を生成し、対話?するという。アメリカ人で美貌の母親を事故で亡くしたメル、ロシア人でアフガニスタン侵攻で村をまるごと破壊した祖父を持つデムヤン、生涯独身で子供を作らなかったことに負い目を持つチェコ人?ジョージ・・・
デムヤンとジョージ、それにラップ人のケイミは影から退出したが、メルは留まった。
メル・ノートンは何を選択したのか、自分には難しくてよくわからない。同郷人云々は多分ブラッドベリの作品からなんだろうけれど、それも未読な自分には尚更。しかし、語り手ではないまでも焦点化されている視点のジョージ・ヴルタヴァは、やや後者の見方にたっているのではないか。
この作品は1989年の出版だが、ここでもソ連のアフガニスタン侵攻が批判的に語られている。チェコは当時の東欧でもかなり開かれていたとは思うのだけれど、ここまでだとは思っていなかった。もっともノヴォトニーは当時の戦況をオーストリアの放送で逐一見ていたという。プラハはウィーンより西にある。
(2019 06/20)
(2019 06/23 加筆)