自転車とあの夏【あの夏に乾杯】
書くンジャーズ日曜日担当のふむふむです。
最近UPが遅れて申し訳ありません。
先週のテーマは【あの夏に乾杯】
ふわっと書いていたのだけれど、思いのほか書くンジャーズメンバーが心の内をさらけ出しているのを知り、私もこれじゃいかんなあと書き直しています。
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「自転車はどんなにきつくてもトップ集団から脱落したらサポートすることもできない。だからどれだけきつくても、仲間のために集団にいなければいけない」
自分のスピードが遅かったとしても、早い人の風よけになるためにトップ集団にいなければならない、それがチームに対する貢献だ、と。
チームのための自己犠牲、同じチームの勝利を信じ、自分はサポートのためだけに走る。転倒の衝撃でザクロのように割れた傷跡、空気抵抗の激しさ・・・話を聞くだけでも自転車レースの過酷さに音を上げそうだった。
あの頃自転車のことを知っていたら、私は何て声を掛けたんだろう。
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「オリンピックに出たいんだよね」
大学を卒業したあの夏、アメリカに留学する友人を成田空港で見送りをした帰り道、唐突に聞こえた言葉だった。
二人しかいない車の中で、それは私に向けて伝えていることは明らかだった。
自転車で?
以前から自転車に乗っていることは知っていた。ただ私が連想する自転車はサイクリングやドライブの途中に集団で走っている健康的な趣味のようなものだった。
オリンピック選手になる人は小さなころから練習に耐えてやっている印象がある。今からやってもオリンピックに出るのは難しいんじゃないの?思わず口から出そうになった言葉を飲み込んで、
夢、叶うといいね
精一杯の笑顔で言ったつもりだった。
その言葉に不服そうな声で
「夢じゃなくて希望なんだけど」
思わず運転する顔を見ると、目が合った。
「夢って見てるだけでしょ、希望は自分で現実に変えるんだよ。だから俺は夢じゃなくて希望って言う」
就職して一応大人になったつもりで、そんな私を見せようと思っていた。そして、この日はきちんと伝えなければならないことがあった。
またそんなこと言われたら、気持ちが揺らいじゃうよ。そういうところが好きだったんだ。
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大学4年間、同じ人にずっと片想いしていた。あの時も、私は何気なく言われた一言に撃ち抜かれたんだった。
何となく仲の良い男女グループの一人で、一人暮らしをしているお家に集まってはご飯をみんなで作って食べたり、ドライブに行ったり、大学生の青春を満喫していた。
周りはもちろん、いつの間にか本人にもその気持ちは伝わってしまっていた。
最初は一生懸命周りも盛り上げようとしてくれた。ただ、やっぱり性格や持ち合わせているものが違った。趣味だって合わない。
友達からも、そろそろ違う人に目を向けた方がいいと言われる始末。それでもふとした時に掛けられる言葉が私の胸に刺さる。
いつしか彼は家族との約束だった一人暮らしの期間を終え、実家に戻っていった。
以前なら偶然を装って近くに買い物に行くこともできた。講義数も減った今大学内でも会えることはほとんどない。
みんな違う場所を見つめて歩き始めた時、私だけがいつまでも同じところに立ち止まっている、そう気づいた。
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就職氷河期と言われた時代、私たちは何とか就職先を見つけることができた。
中には留学先を早々と決めて、その準備に取り掛かる友人もいて、それぞれに自分の場所を目指し、歩み始めていた。
私も仕事という新しいステージで輝くために、煮え切らない思いを断ち切らなければいけないと感じていた。
研修期間は友人にも会わず、とにかく仕事モードの自分を作り、新しい環境に少しでも早く慣れようと必死だった。
やっと少しだけ余裕ができて、想いを伝えて終わりにしようと思っていた。
またこんな言葉を私だけに伝えるなんてズルイよ。
私が住む都内の寮は、実は彼の家の近くだったらしい。寮のすぐ近くまで送ってくれると、降ろす間際に「大丈夫だから、いい男見つけろよ、頑張れ」と笑って声を掛けた。
後ろを向かず手を振ってそのまま車は走り去った。
妹に声をかけるような励まし方で、私の耳をかすめた。
また言えなかった。自分ばっかりかっこいい言葉を残して、私だけ置いてけぼりだよ。
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モノレールの窓から景色が見える。一人の時も、友達と一緒の時も、母と乗った時も見えるのはあの時とはもう違う景色。結婚してもう何年も経ち、横にいるムスメから「おかあさん、あそこにスカイツリーが見える」なんてかわいらしい声で話しかけられても、景色にざわざわと心揺さぶられる。
景色を見るたび、あの頃に遡ってしまう。
いくつになっても、私の中のあの景色は22歳の夏のままだった。
卒業できないあの日のまま。
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20数年が経ち、いつだったか、桜がきれいね、海で何が釣れるんだろうと今の景色を見ることができるようになった。
それまでの重しになっていたあの想いは昇華されたのか。
来年東京でオリンピックが開催される。彼は今どんな思いを抱いているんだろう。
私はあの日から、夢という言葉を使うのをやめた。
そして今希望を星につなぐため、一歩一歩漕ぎ始めた。
いつか会えることがあるのなら、あなたと対等に話すことができますように。そして卒業は出来なかったけれど、
あの夏に乾杯。
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