死とはなんなのか
昨日老いることについて記事を書きました。
まだ読まれてない方はこちらからご覧くください。
今日は死について書きたいと思います。
死はわたしの中で度々取り上げられるテーマの一つです。
今日の朝1匹の蜘蛛が洗面所でまさに今命絶えようとしていました。
肉体から魂が抜けて器だけになる瞬間に立ち会いました。
死は必ず訪れるもの。
老いた先にあるのは死です。
肉体から抜け出ていきます。
生きた先に死があります。
死ぬのにみんな生きています。
もしかすると人類全員で究極の無駄をやっているのかもしれません。
死ぬことが分かっているのに生きている。
生まれる前と死んだ後は同じ場所に帰るのに、わざわざ地球にやって来る。
これってめちゃくちゃ無駄かもしれませんね。
あなたもわたしも無駄をやりに来たんでしょうか。地球ってほんとにおもしろい場所ですね。
わたしは、死ぬことはすごく楽しみです。
どんな感覚なんだろう、
どんな気持ちで肉体を離れるんだろう、きっと感謝でいっぱいだろうな、とか、
死ぬという命の一大イベントが最期の最期に待ってるってめちゃくちゃ華やかだなって思う。
死はお祝いであることを、わたしはインドで知りました。
6年前のちょうど蠍座満月のころ(まさに4月末〜5月頭)
わたしはインドいました。
インドにあるOsho International Meditation Resortという場所で1週間こもりっきりで、
朝から晩まで瞑想に明け暮れてました。
Oshoという人が世界中で愛を説き、世界中に弟子を持ち、すでに肉体は持っていませんがいまだに人々の心に生き続けてます。
このコミューンはそんなひとが集う場所。
(弟子じゃなくても正式な手続きさえ行えば誰でも参加できる)
この場所で、歌ったり踊ったり泣いたり美味しい物を食べたり水に浮かんだり、
生を堪能しまくる1週間でした。
そして、その中でも最大のセレモニーがあって、弟子が肉体を離れたときそれが行われます。
デスセレブレーションと呼ばれるお祭りは、死者をお祝いする一大祭りです。
死者を運ぶ棺桶に行列をなして、
参列者が太鼓を鳴らして歌って騒いで
花びらのシャワーでお祝いをします。
そのまま火葬場までどんちゃん騒ぎで運んでいきます。
そこに1ミリの悲しさもありませんでした。
めちゃくちゃにハッピーで楽しい空間しかありません。
これが本来の死だと思いました。
死はハッピーなんだって。
6年前の蠍座満月のとき、この体験をした。
あのとき両眼に映った満月の輝きは忘れない。
蠍座は死を司る星座だから、死を通して生を見せてもらうことができました。
だから、わたしは死が楽しみで仕方がない。
そして、死んだときわたしの骨はハワイの海に散骨したいと思ってます。
ハワイ島のあの雄大な土地で風に乗って海に散って行くことにします。
これが人生最期の、地球最後の体験の青写真です。
だから、それまでたくさんの経験をしておきたい。
笑って泣いて美味しい物を食べて温かい温泉に浸かって、
家族と談笑して、人を深く愛して愛されて、
植物や動物と触れ合って朽ちていこうと思ってます。
死ぬまで生きよう。
生き切ろう。
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