プレイブックの世界#007
タモリ「飯、食べるか?」
最後にご飯を食べたのはいつだっただろうかと思い出そうと、そして記憶を絞り出そうと浮かんできたのが「ゆで太郎」だ。「もり」を食べた。俺はもう一度ゆで太郎に行って「もり」を食べることが出来るのか?ということを考えてしまうほど、今、俺とゆで太郎の間には大きな隔たりがある、それは東京と埼玉という距離感ということではなく、どちらかと言えば、モンクレールとモンテール、勝ち組と負け組、インテル入ってる入ってない、というような隔たりで、ということは、隔たりは無いということで、岩澤はどのようにして「違う世界」を認識したらいいのか分からない状態に慣れそうで慣れなかった。もうこのまま体を放り出して自然の流れに任そうと考えるけれど、どうしても立ち止まってしまい、そして濁流に無惨に流される自分のイメージを遠目からもう一人の自分が眺めている。流される自分と立ち止まる自分が、無意識と意識の間でモグラ叩きのように出てきては沈んで世界を覗いてやろうと意気込んでは、現実に怯んで地下に潜って、それが死ぬまで繰り返されるような気がするし、やるのか、やらないのか?そんな二択で思考が止まるのは、ありきたりのようで真実だと思うし、やはり人は空腹には太刀打ち出来ないんだなと岩澤は思わずにはいられなかった。
タモリ「おい、聞いてるか?飯に行かないか?」
岩澤の胃と顔と雰囲気に飯に行くと書いてあった。
タモリ「分かった笑 俺についてきて」
不思議な経験はオフィスのビルに戻ってから始まった。ビルがいつもと違った。それとも俺が違っていたのか?いや、俺はいつも通りだ。通い慣れたビルを歩いてた。ふと気づいた瞬間、そこはいつもと違う通路だった、そして通路を歩き続けた。そのとき、逆戻りしていれば良かったのだろうか?逆戻り?いや、ビルの外に行けただろうか?もう何もかもが遅い。いや、もしかしたら、俺は今、まだビルの中を歩いている可能性もある。可能性はいつだって存在するが、とにかく、いつもと違う通路に気づいて、歩いて、疲れ果てて。そして、タモリさんに出会ったのだ。今だにタモリさんが本物かどうか分からない。偽物はいつだって存在する。俺自身、本物かどうか分からない。いや、俺が本物じゃなかったらどうする?ワープしたみたいだった。違う場所に移動したという意味じゃ無い。違う世界。違和感の連続。タモリさんのラップ、謎の賭博場、そして膨大な数の映画ポスター、ポスターだけじゃない、映画製作に関わる片鱗も見た、片鱗?俺はそんな言葉、滅多に使わないだろ??そして事務所だろうか、部屋にはイグアナがいた。イグアナ?そうイグアナに加えて、正体不明の人達がゲームを楽しんでいた。正体ってなんだろうな?これから俺はどうなるんだ?俺もタモリさんの仕事仲間の一員になるのだろうか?そしたらゆで太郎に行くなんて、もう夢のさらに夢になっちまうなぁ。
「んなこたぁない」
岩澤「んっ?」
岩澤は声が聞こえたような気がして、タモリさんの顔を見た。
タモリ「どうした?」
岩澤「いや、何もないです」
空耳。。。人は物事を都合の良いように解釈するってことか?
タモリ「到着したよ、好きなところに座って」
レストランに到着した。そのレストランは現実にありそうで無い、創作物の世界でしか見ることがないような雰囲気の場所で、まるで映画のセットのようだった。世界が完成し過ぎていた。
タモリ「俺はちょっと用事あるから、先に注文してて」
タモリさんとはレストランの入り口で別れた。
岩澤は一人で店の中に入った。店員が好きな席に座ってくださいという仕草をした。岩澤は店の中を見回した。すると、岩澤に向かって手を振っている人がいる。その人は岩澤の上司だった。上司と言っても、会社ではほとんど関わりがない。二人が座っている席に近づき、岩澤は挨拶した。
会長「久しぶりだな岩澤クン」
社長「元気にしてるか?、まあこの席に座りたまえ」
予想外の遭遇に言葉が詰まった。岩澤は言われるがままに席に座った。目の前に会長と社長が座っている。なぜこの人達はここにいるんだ?岩澤は「自分のいる世界」の外側に存在していると思っていた。岩澤がいる世界は現実と続いてる。
会長「岩澤クンと話すのは十年ぶりぐらいか?ちょうど入社式の時期だったかな」
社長「もうそんなに経ちますか?あっという間ですね、本当に。岩澤クン、何食べる?ここのパスタは美味しいぞ」
岩澤の目の前に会長と社長がいる。本物だ。
社長「聞いたぞ、今日は柔道の取材だったらいしいな」
社長は俺のスケジュールを把握している。
岩澤「そうです、オリンピックで金メダル候補の女子柔道家の取材でした」
会長「いつ記事になる?」
店員がテーブルに近づき料理を置いた。量が異常に多い。この量は夢かもしれない。
社長「僕たちはもう食べたから、これ全部、岩澤クンの分だから遠慮なく食べて」
岩澤「有難うございます、あと記事ですがまだ時期は決まってないです」
会長「そうか。あの新米だった岩澤クンがオリンピック選手の取材をするまでに成長したんだからな、感慨深いよ。冷めないうちに先に食べて、岩澤くんの大好物のボンゴレビアンコだ」
岩澤は空腹の限界だった。パスタから匂い立つ香りが岩澤の胃袋を鷲掴みする。
社長「我々は知ってるんだ、岩澤クンがLa Bohemeのボンゴレビアンコが大好きだということは。定期的に通っていただろうお店に」
その通りだ。俺のボンゴレ革命。
岩澤「入社直後に初めてお店に連れていってもらい、それ以来、もう毎月お店に通ってました」
岩澤は確認したいことがあった。
岩澤「すいません、突然。。。ここはどこですか?」
会長と社長がお互い顔を見合わせ、笑っている。
社長「どういう意味だ?」
会長「イタリアンレストランじゃないか」
岩澤は頭を掻いた。
岩澤「ここがレストランだということは知ってます。渋谷とか新宿とか上野とか、住所で言えばどこでしょうか?」
会長「何を言っているんだね、ここは我々のオフィスが入っているビル地下のレストランじゃないか?」
社長「ここに来たのは初めてか?」
岩澤はレストランを知らない。これまで来たことも無かった。
二人とも俺を騙そうとしているのか?
社長「私達は先にお店に出るから、岩澤クンはゆっくり食べててって」
会長「柔道の取材の記事、期待してるからね、岩澤斬新大先生、はっはっはっー」
会長と社長は岩澤を残して店を出ていった。
やはり俺は現実の世界にいる、夢じゃない。ボンゴレを食べるのを一度、中断した。そうだ、俺は餃子を食べる気満々でオフィスに戻っていた。本来今晩の夕食はボンゴレだった。ただ、欲望に負けた心は蒲田の餃子屋に傾いた。頭は餃子の肉汁でパンパンに膨れ上がっていた。頭からこぼれる肉汁が地面に滴れ、その方向に沿って歩いていた。本来なら規律通りに行動するはずだったが、岩澤は欲望に任せた無作為な選択をした。そう、俺の行動は先走り汁によって誘導されていた。欲望世界の扉。岩澤は規律のレールから外れたので違う世界に足を踏み入れたかもしれないと考えた。規律に背いた世界。しかし、これまで何度も欲望に負けたことはあったが、なぜ今回、俺は違う世界にいるのだ?岩澤は再びボンゴレを食べ始めた。パスタをフォークで口に運び、咀嚼する。お皿が空っぽになるまで、何度も同じ動作を繰り返した。店員に水を頼んだ。運ばれた水をゴクゴクと全て飲み干す。俺は生きている。店員がもう一度、岩澤の空になったグラスに水を注いだ。岩澤の晩飯は、岩澤が自分で選んだ料理ではなく、会長と社長が注文したボンゴレだ。岩澤は再び水を飲み干した。水が体によく染み渡る。
岩澤は会計を済まそうとしたが、既に支払い済みだった。きっと会長だろう。岩澤はレストランの外に出て歩き回った。この建物がオフィスビルであれば、話は簡単じゃないか、俺は再び自分のオフィスにすぐ戻れる、岩澤は店を出てエレベーターや階段を探した。
タモリ「もう飯を食べ終えたか?早かったな〜、今、何をしているんだ?」
岩澤は返答に窮した。
俺はどうしたいんだ?
タモリ「心配しなくていいぞ、これから記事を書かないといけないんだろ、書く場所が必要だろ、紹介しよう」
岩澤はタモリさんの後を付いていく。
タモリ「ここだよ、ここ。真実を書くにはもっこいの場所だ」
タモリさんは部屋の扉を開けた。
部屋の中に足を踏み入れた。
男(A)「なんだコノヤロウ、刑事がヤクザ焚きつけるのかぁコラァ!」
男(B)「悪いけどよ、帰ってくんねえか」
女「お前のチンポの毛ぇ生える前から杯かわしとんねん」
タモリ「この部屋にいる人達、こういう世界が大好きなの、こんなセリフのやりとり、飽きもせず一日中やっているよ」
岩澤「これは、あの、、、あれですよね、映画の、全員悪人!」
部屋の中にいる全員が一斉に岩澤の顔を見た。
男 (A)「岩澤くん、野球やろうか?」
岩澤は慌てて部屋の外に出て、扉を閉めた。
タモリ「分かった、分かった、別の場所を案内しよう」
ある一室の前でタモリさんが止まり、扉をあけた。
タモリ「ここどう?」
タモリ「机と椅子なら有るから」
岩澤「刺激強すぎて集中出来ないです」
タモリ「今度、ここでタモリ倶楽部のオープニングの撮影があるんだよ、分かった、次に案内する部屋が最後だから、好きでも嫌いでも我慢して」
タモリさんが最後の部屋を開けた。
岩澤「良いんですか? 撮影中じゃないですか?」
タモリ「大丈夫、大丈夫、リハーサルしてるだけだから」
岩澤「僕がいたら邪魔にならないですか?」
タモリ「隅っこで静かに座っているぶんには何も心配ないよ」
岩澤は部屋の壁にかかっている映画のポスターを見た。
タモリ「どうこのポスター、この映画見たくなるでしょ?」
岩澤「女性記者の話ですか?」
タモリ「いやいやいや、ストーリーはこれから決める、決めるというより、決まっていくという感じかもしれない」
岩澤「そういうもんなんですか?あと本当に僕がここにいて迷惑にならないですか?」
タモリ「心配ないから、あと何か用があれば、ここにいる人に言えば、助けてくれるから。また後で」
部屋には沢山の人がいる。当然、知らない人ばかりだ。
岩澤は邪魔にならないように隅にある椅子に座った。出演者によるリハーサルが行われていた。岩澤がパソコンを出そうとしたとき、女性が岩澤に話しかけてきた。
女優EMIKO「私の名前はEMIKO。アルファベットでEMIKOよ。あなた、どの役?初めてみたわよ、あなたのこと。作家?新聞記者?それとも私をたっぷり騙す悪党の役?教えてちょうだい」
岩澤「いや、僕は、ここにいるのは、」
映画とは関係ない部外者なんですと返答しようとしたが止めた。真剣な稽古場に部外者の存在を許さなそうな自信たっぷりのアルファベットの女、きっと、EMIKOは俺を追い出すだろう。頼みの綱のタモリさんはもうどこかに行ってしまった。やっと記事を書く場所を確保出来たので失いたく無かった。どうやら作家と新聞記者と悪党の役があるらしい。
岩澤「新聞記者の同僚の一人です」
岩澤はエキストラ役を想定して答えた。新聞記者の同僚は大した役じゃないだろう。
女優EMIKO「新聞記者の同僚の役?ということは私をしつこく誘い出そうとするドスケベ役だわ!私の今日のリハーサルは終わり。えっ、この後、私をご飯に誘いたい? さすが、ドスケベ新聞記者さんだわ。それはまた今度にしてちょうだい」
女優はその場を立ち去ろうとしたが、再び岩澤の前に戻ってきた。
女優EMIKO「名前を聞くのを忘れていたわ、お名前を伺ってもよろしいかしら?」
岩澤は本名を答えるべきかどうか迷った?追い出されそうになったらタモリさんに相談しよう。
岩澤「私の名前は岩澤です」
女優EMIKO「よろしくね、ドスケベ記者さん」
女優は茶目っ気たっぷりに話して、部屋の外に出て行った。有名な女優なのだろうか?岩澤は何も知らなかった。どうしようか、俺はドスケベ新聞記者になってしまった。岩澤はパソコンと取材道具一式を机の上に取り出し、記事を書く準備に取り掛かった。