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『シャイニング』幻の病院場面①

 病院の場面は、すでに複数の劇場で一般公開が行われている最中に削除された。編集技術者が映画館に派遣され、キューブリックの厳密な指示に従って物理的にフィルムを切り取ったのである。
 病院場面はストーリーの中でどのような意味を持っていたのであろうか。
 病院場面が削除されたことについて、ウェンディ役のシェリー・デュバルは公開半年後、以下のように感想を話した。

「彼(キューブリック)は間違っていたと思います。なぜならその場面は、黄色いテニスボールの重要性やホテルの支配人の役割というような、観客に分かりにくい事柄を説明しているからです。

※1:リー・アンクリッチが発掘した削除場面のフィルム。以下同じ。

ウェンディと息子は病院にいます。ホテルの支配人が彼女を訪ねて来て、ホテルでの出来事を謝罪します。そして、彼が働いている土地で生活しないかとウェンディを誘うのです。彼女はイエスともノーとも言わない。それから支配人は病院の廊下に出て、ダニーの前を通り過ぎる。ダニーは床に座って玩具で遊んでいる。支配人は出口の近くまで来たとき、立ち止まって言うんです。

“忘れるところだった。君に渡すものがある”

支配人はポケットから黄色いボールを取り出す。それは双子の少女がダニーに向けて転がしたものでした。ボールは2回跳ねて…うまく跳ねるまで、撮影に丸一日かかりました…ダニーがそれを受け取って見つめる。そして支配人を見上げる。支配人が初めからホテルの謎を知っていたと悟り、呆然とするのです。


この結末にはヒッチコック的な側面がありました。つまりキューブリックは|ヒッチコック・ファン(Hitchicokian)だったんです」
(Michel Ciment “Kubrick THE DEFINITIVE EDITION ”p.301より)

 興味深いのは、ホテルの237号室の近くでダニーに向けて黄色いテニスボールを転がしたのが双子の少女だったとシェリー・デュバルが解釈していることだ。
 キューブリックも同じ意図だったのだろうか。 
 私はジャックがボールを転がしたと思っていた。少なくとも、キューブリックは観客にそう思わせようとしたと感じていた。なぜなら、その前にジャックがそのボールで遊んでいる場面があるからだ。


 この場面が有るのと無いのとでは、ストーリー全体の意味が全く変わってしまう。この場面はオーバールック・ホテルの支配人が冥界の代理人であり、今後もダニーとウェンディの命運を支配できること、そしてホテルに棲みつく邪悪さがこれからも続くことを仄めかしている。


※1:  アカデミー・ミュージアムでのリー・アンクリッチの講演(2023年3月17日開催)より。

2024年3月23日閲覧

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