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コロナ禍の今『ピュア』が、すごく刺さった話

私の生殺与奪権は、"奴"に握られている。
"奴"との関係で、私には「食べたい」とか「食べられたくない」とか、そんな選択権は存在しない。
そこに私の意思など関係ない。当然のように己の身体を差し出す、ただそれだけのことだ。

小野美由紀・著『ピュア』を読んだ。
https://www.amazon.co.jp/dp/4152099356/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_zjVJEb7WG2SEH
人工的に進化して強靭な身体を得た女たちが、妊娠する為に男を食い殺すことを強要される世界。
現行のシステムに疑問を抱きながらも、常に空気を読み葛藤し続けるイマドキの女の子、ユミが主人公だ。
もしこれが自分の身に起こる出来事だったら、と妄想を逞しくさせる作品である。

あぁ。"奴"なら、自分が男であるにも関わらず、いっそそんな設定変えてやると言わんばかりに、この世界で暴れまわるだろうか。
そして女の私は、逃げることもなく「食べられる」。有無を言わさず完膚なきまでに。
"奴"は食べるとなったら、私をとことんしゃぶり尽くす。それはもう、血の一滴、骨の髄に至るまで。そして、後は私のことなど忘れてしまうはずだ。
そこに介在するのは、愛とか情欲ではない。
どれほど頭を巡らせても、それ以外の結末が思い付かないほど、私が長い間じわじわ飼い慣らされてきた結果だ。
時と場合により、私の立場はさまざまに変化する。
私は、妹であり、妻であり、部下であり、秘書であり、通訳だったりした。
遠く離れた環境に住む関係だけど、私の意識は常に"奴"に囚われてしまっている。
不要不急の外出を制限され、会いたい人にも会えない昨今。なかなか会えない"奴"に、ひと言「出てこい」と呼ばれたならば、私は迷った末に外出してしまうだろう。


『ピュア』における、冒頭からの性的描写や、男を食べないと妊娠できないという残酷な世界観に、戸惑いを覚えたり、恐ろしさを感じる読者もいるかも知れない。
もし食わず嫌いで、まだ読んでない人がいたら、今回はそれを覆してもらいたい。この物語は突飛な未来世界ではない、今の私たちの物語なのだから。
感染症への恐怖から行動を制限される生きづらい現実。今だって充分、映画や小説の中のような過酷な日常ではないか。
自分が発症するかも知れない。
それを知らず、周囲にウイルスを撒き散らすかも知れない。
自分が接触した相手や出入りした場所を世間に公表され、糾弾されるかも知れない。
常に不安を抱えながら、さらに世間から後ろ指を指されない生き方を求められている。

誰と生きるか、どう関わるか。
どう行動し、生き延びるのか。

自分の価値観という"ものさし"が大きく変わろうとしている今。
そんなコロナ禍の今読んだからか、私は『ピュア』が、より一層刺さった。
いや、前に読んだことあるって人も、今なら感じ方が変わるかも知れない。

これまで人の顔色を窺いながら、受け身で生きてきた主人公が変化する姿を目の当たりにして、私たちも自分の人生をどう生きるのか、今一度、自分に問い直す物語となるはずだ。

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