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調理って、甘くなかった【#料理の失敗談】

亡き母は、料理上手な人だった。
食べ物の好き嫌いが多い私は、母の手料理なら何だって食べるのに、外での食事は口に合わなくて、学校給食やら宴会やら、食事の席では、それはもう苦労したものだった。

料理も同じく。
母が、パパパっと魔法のように手早く作ってくれるため、かなり大人になるまで私は料理が不得手であった。
親不孝な娘である。

そんな親不孝者も、母が病を得た後は、しぶしぶキッチンに立つようになった。
料理をしなかったクセに、いっちょまえにレシピ本だけはたくさん持っている。私は本に首っ引きで料理に勤しみ、レパートリーを増やした。

その日は、朝から寒い1日だった。
「今夜は、すき焼きにしよう!」
と心に決めていた。

我が家のすき焼きは、関東風。
醤油、砂糖、酒、みりんで味付けした甘い割り下で、材料をグツグツ煮込む。
心も身体もあったまる、冬の定番だ。

牛肉、白菜、長ネギ、たまねぎ、しらたき、焼き豆腐…。
材料は、すべて揃っているハズだった。
だが…。

しまった!
お砂糖を切らしてたんだった。
味付けには重要な調味料、痛恨のミスである。

思わずボーゼンとする私。
その時だった。
「ちょっと買い物に行ってくるね~」
と、同居の父が声をかけてきた。

これぞまさしく、天の助け。
出かけようとする父の袖をつかんで、
「お砂糖を買ってきて!」
と、頼んだのだった。

車で出かけた父が戻ってくるまで、そう時間はかからなかった。
材料は既に全部切って、準備万端。

帰りを今か今かと待ちかまえていた私に、
「お砂糖買ってきたよー」
父は得意気にスーパーの袋を掲げてみせる。
「ありがとう!」
私は大喜びで、スーパーの袋に入った"それ"を受け取った。

「ん?」
袋の中に入っていたのは、スティックシュガー。

↑こんなの。
コーヒーや紅茶に入れるアレである。

確かに私は
「お砂糖を買ってきて」
と頼んだ。
だがまさか、スティックシュガー、つまりグラニュー糖を買ってくるとはっ。

私は、母が常備していた「上白糖を買ってきて」と頼むべきだったのだ。


もう時間がない。
夕飯を食べる時間は迫っている。

私は、割り下にグラニュー糖を投入した。
スティックを何本も破って。

出来上がったすき焼きは、母が作っていたものとは程遠い味だった。
まず、こっくりとした甘さがない。
グラニュー糖をいくら投入しても、記憶にある甘さに近づかない。
当たり前だ。
砂糖は、種類で用途も味も変わる、という。

上白糖・・・クセのないしっかりした甘さで、料理やお菓子作りなど幅広く使われている。

グラニュー糖・・・淡白な甘味で、サラサラとして溶けやすくコーヒーや紅茶に入れると最適。

それらの違いを私は舌で実感した。

あぁ、私が指示を的確に出していれば、母が作ったものに近い、肉と野菜の旨みが染み込んだ、甘いすき焼きが食べられただろうに。

あっさりとした何とも味気ないすき焼きは、私に調理って簡単じゃないと思わせる料理となった。
それ以来、材料購入は決して人に頼まないぞと心に決めている。

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