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誰でも発信できる世の中だから【#読書の秋2022】

どうして今、この物語なんだろう。

noteの読書感想文企画、 #読書の秋2022 の推薦図書に、横山秀夫・著『クライマーズ・ハイ


が含まれていることを知って、率直にそう思った。

20年近く前に刊行された当初、本屋大賞でベストテン入りし、後に映像化もされた人気作。
あまりに有名になりすぎて、これまで手に取るきっかけを失っていた。

名作とは聞くが、ハッキリ言って「何で今さら?」。
読み始めるまで、そんな思いが拭えなかった。

物語は日航ジャンボ機が御巣鷹山に墜落した、1985年8月まで遡る。

主人公の悠木は、事故現場である群馬県の新聞記者。彼が墜落事故関連記事の責任を担う、〝デスク〝に任ぜられるところから、話はスタートする。

降って湧いたような大事故を機に、社内は騒然となる。急遽デスクとなった悠木だったが、デスクとは名ばかりで、折り合いのよくない上司には足を引っ張られ、部下にはソッポを向かれる。
家に帰れば息子とソリが合わず、悠木はあらゆる場面で苦悩し鬱屈していた。

しかも記事の締め切りは、容赦なく迫る。
新聞は事件の記事ばかりではない。
政治欄もローカルな話題や広告だって、紙面には必要だ。
「新聞の内容が事故の話ばかりでは、食傷気味だ」
という社内の意見に、限られた紙面の扱いをどうするか、デスクとして悠木は判断を迫られることとなる。

大事故をきっかけに、これまで目を反らしてきた、自身の過去のことや家族との関係、自らの使命とは何かという問いに、悠木は向き合うのだった。

経歴も所属も違う、それぞれの立場から交わされる意見は、時として怒号となって社内に響く。
各々のプライドをかけて、掴み合いの争いになることも。その男臭さは正に昭和を思わせる。

作中では、無線にFAXと当時の必需品がいちいち古臭い。また女性の新聞記者も、まだまだお茶くみの女の子扱い。やれパワハラだ、セクハラだと何かと騒がれる令和に読むには、時代遅れ感が漂う。

だが、そう思いながらも続きが気になって、本を読む手が止まらない。
寝る前に読むと、男たちの熱気に当てられ眠気が削がれてしまう。
それぐらい熱い物語だった。

悠木が腹を括る場面がある。

「日航をトップから外すわけにはいきません。五百二十人は群馬で死んだんです」

(P190)

あぁ、なんでこの作品を今まで読んでこなかったのだろう。
映像化されたのも納得だ。こんな熱を感じる読書は久々だった。

だが同時に、読み終えてからしばらく、スッキリしない日々が続いた。

悠木が弱小新聞社の立場からのしあがって、周囲のハナを明かして大団円。そんなめでたしめでたしで終わる単純な作品ではないからだ。

やがて気がついた。
この物語を読んで、スッキリしてはいけないのだと。あの大事故をベースにした作品を、安易なエンターテイメントとして読み取ってはいけないのだ。

伝えるとは何か、
命の重さとは何か、
読者にも考えさせる作品だ。

そして何より、自分はどう生きるのか?
を問われている。


物語の終盤、悠木が、ある投稿を巡って悩むシーンがある。
悠木とは因縁ある人物から託された一意見。
正論だけれども、掲載すればおそらくバッシングは間違いなかった。
投稿した人物も、そして新聞社も…。

この投稿は握り潰せない。結論はもう一時間も前に出ていた。だが-。

(P414)


かつて個人が公に発信できる場は限られていた。
だからこそ、新聞は情報収集の場として、声を上げる場として、重宝されていた。

だが令和となった今、新聞そのものが廃れつつある。
SNSを使って、一般人が簡単に意見を発信でき、批判や誹謗中傷を目にすることも多い。
それをきっかけに命を絶つ人も。

リアルな人とのぶつかり合いが減っただけ、関係がギスギスしたように感じる。

新聞ならば刷り上がる前に、大勢の人間によって慎重に検閲されていた言葉は、SNSでは個人のモラルにゆだねられている。

だからだろうか。
この作品が推薦図書になったのは。

声を簡単に上げられる時代だからこそ、発信することの重さを、この本が教えてくれるように感じる。

発信するのは意外と難しい。
人の数だけ正解があるからだ。

私もnoteで投稿を続けながら、こんな書き方をしたら不快に思う方がいるんじゃないか、叩かれるんじゃないかと、常に気にしてしまう。
この文章は投稿するのはやめておこうか、逡巡することもしばしばだ。

だが書かずにはいられない。
自分の中から生まれた思いから、目を反らす訳にはいかないのだ。

自分の意思を押し殺し、長いものに巻かれるように生きるのか。
それとも己の信念を貫くのか。

苦悩する悠木の姿から、学ぶことができる。

『クライマーズ・ハイ』は、昭和を描いた平成の名作だ。
おそらく読み手の数だけ、違う感情が揺さぶられるだろう。
人との関わりが薄くなった令和の今こそ、改めて読むべき作品だ。

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