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それいけアンパンマン


 バイキンマンを応援するような子供だった。

なんでアンパンマンを応援しないの?そう問われた僕は、
「勝つことが決まっている方が勝つなら、見る意味がないから」と答えたらしい。
母親がそう言っていた。僕に記憶はない。

保育園生ながらに、退屈だったのだろう。社会、この場合は母親と園児と先生が「勝つことを期待している」方が勝つのが退屈だったんだと思う。
 クソみたいな日常を、バイキンマンが勝つという「非日常」でぶっ壊してほしかった。

 僕は、将来の夢を野球選手だと言っていた。そうすると、その瞬間だけは父親が殴る手を止めるから

でも、野球チームに入ったら結果的に父親はもっと僕のことを殴るのも分かっていた。
 結果、いまの僕は野球経験がないのに右利きの左打ち。運動神経がないのにバッティングセンターでクリーンヒットを連発する陰キャだ。

 将来の夢は前田選手のようなプロ野球選手になることだと言うことにも、アンパンマンを応援するフリをするのにも嫌気が差していた。

 バイキンマンを応援していることを告げてからしばらくして、僕は児童アニメや戦隊モノを見なくなったらしい。

 そういえば、戦隊ヒーローの番組を見た覚えはなかった。

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 このような天邪鬼っぷりは小学校に入学しても続き、僕はとうとうアニメを見なくなった。
 やっぱり、ロケット団もサトシに勝つ見込みがないな。そう確信を持って、9歳のときにアニメを見るのをやめた。

 社会倫理に背いている敵役は主人公に勝ってはいけない。

 そんなこと、アニメを見る時間でわざわざ言われたくないから。
普段通りの日常が続くように、正義の味方を応援するなんて気持ちには、とてもじゃないけどなれなかった。

 サトシを応援しているクラスメイトたちをみて、みんなは僕と違って「安全」なんだな、と思った。

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 僕がお笑い芸人を好きになったのは、それから3年後、小学校高学年の頃だった。エンタの神様が大流行して、お笑いブームが到来した頃。

初めて「お笑い芸人のネタ」をみたときの衝撃は今でも覚えてる。

 そこに「アンパンマン」も「バイキンマン」もいなかった
 「正義」も「悪」もなくて、ただ「おもしろい」という結果だけがそこに残った。

 これほど痛快なことはなかった。

 勝っても詰まらない「アンパンマン」を応援したり、勝つ見込みのない「バイキンマン」に期待したりする日々から抜け出せるような気がした。

 アンジャッシュ、インパルス、ドランクドラゴン、次長課長、東京ダイナマイト、ペナルティ、ヒロシ、さくらんぼブービー・・・

 たくさんの若手芸人がテレビに出るようになって、ネタ番組が放送された次の日はクラス中が芸人のネタの話で持ちきりだった。

 踊る大捜査線が流行ったときには、あんな、正義が必ず勝つようなものの話をどうやってすればいいんだと悩んだものだったけど

 お笑いが流行ってくれてからはクラスでの会話もスムーズにこなせた。

 「正義」でも「悪」でもない彼らが、僕を救い出してくれた。

 これこそが「正義」なんじゃないかと思った。


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大人になって

僕は日本経済にもスポーツにも政治にも自己啓発にも、なんにも興味がない。
 そういった「アンパンマン」を応援して気持ち良くなれる人間には、やっぱりなれなかった。
 9歳の頃の僕と同じように、今の僕も「バイキンマン」に期待はしていない。

 相対性理論でいうところの「世界征服」をやめて、今日のご飯を考える日々を送っている。

 お笑い芸人は、いつまでも「正義」を信じたくない僕を、それでいて「バイキンマン」にもなれない僕を、救ってくれるのだろうか
 僕の都合とか、思想とか、状況とか、そんなもの関係なしに、正義でも悪でもない「面白い」を、喋り続けてくれるのだろうか

 アンパンマンみたいに、自分の人生と照らし合わせたりしなくても、僕を笑わせ続けてくれるのだろうか。

 喋り続けてくれている限り、僕は、僕じゃなくて、「ただ聞いている人」になれる。それだけが僕の希望だ。
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 オフィスがあるエレベーター前に着く。今日も仕事でミスをする。

 社会不適応を自覚して、結論を出さないまま、「お疲れ様です」の口の動きで、「生きていてごめんなさい」と、呟くのだろう。

 繰り返す。

 目的地まで一気に着いてしまうエレベーターに乗り込み、オードリーANNが流れているYouTubeの停止ボタンを押す。

そんなこと関係なしに、喋り続けてくれないかなあ、なんてことを、毎回思う

ラジオは止まる。若林は話を止める。僕の、「おはようございます」と言わなければならない。なんて理由で、話を止める。

そのまま音が止まらずに、僕を、オフィスでアワアワさせてくれよって。思いながら、停止ボタンを押しても、当たり前のように、ラジオは止まる。


 「アンパンマンは君さ」そう言われているような気がしてならない。




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