その21.◆そして、帰還へ


◆そして、帰還へ

『最後、しんみりさせちゃったネ。でも、これだけは伝えたかったヨ』
 ううん、とママが首をふります。
「とても大切なことだったわ。とっても…………」
『うん。ママさん、ありがとう。そしてミナサン、おぼえてるよネ。夜でも電気がピカピカしてきれいな地球の姿を。この進化は止められないけど、そのたくさんのことを可能にしてくれる電気を作るために、人は地球を破壊して、その電気を使うために働いて、電気の世界を楽しむためにいっぱい時間をつぎこんでル。楽しい、便利って思ってるけど、いざ死んでしまう時、寝たきりになってしまった時。ゆっくりと人生の終わりを振り返る時間がある場合は、そこで思い知るネ。最後に、ぽっと炎がともるみたいにココロをあたためてくれるのは、ほんのささいな日常、自分がリアルに経験したことなんだって。どんなにすばらしい壮大な映画のワンシーンよりも、スリリングなゲームをして感動して楽しかったことよりも、ココロに浮かぶのはほんとにちっぽけな、リアルなこと。おもいきって誰かに話しかけてみたこと、言われた何気ない言葉、誰かの表情、おいしかったもの、せつなかったこと、目にした自然、触れ合い、笑い声、涙、なつかしいアレコレ。そんな小さな瞬間たちが、自分がリアルに生きていたあかしとして、ほんとうにココロをいきいきとさせて、あたためてくれル。ココロのなかに明かりがともっているって、わからせてくれるんダ。でも、それを痛感した時には、その思いや愛や感謝を誰かに伝えるにはもう、遅かったりする。だから、ピカリィたちはみんなに伝えたい。手遅れになる前に、ココロを温め、輝かせ続ける魂のアンチエイジングを、そしてココロの救急箱を』


 みんなはうなずきます。宇宙船に乗ってすぐに見せられたあの地球の姿を思い出し、そして、今は自分たちの胸のなかにも、明るく暖かく輝くエネルギーを感じています。 
 もっともっと、このエネルギーを大きくしたい。そんなふうに思っていると、
『ミナサンはもう、ちゃんとわかっているネ。じゃあ、ここでもう旅は終わりだヨ』
「えっ…………」
『さよならのトキだよ。マザーシップが伝えたい魂のアンチエイジングのレッスンは以上で終了。どう? 楽しかった?』
 少し、いや、けっこう重たい話に黙りこくっていたみんなは、ハッとしました。
 最初に気持ちを切り替えて、元気に挨拶をしたのはマコでした。
「うん、楽しかったよピカリィ、ありがとう!」
「ボクもだよ! いろんな星も見られたし、ピカリィとも仲良くなれたし」
 ケンタはぽんぽんと見えない宇宙クッションではずんでみせます。
『ありがと。ピカリィも楽しかっタ。じゃあマザーヴォイスのパワーで、このまま、ミナサンを瞬間移動させるヨ。準備してネ』
「ええっ、ピカリィ、ほんとうにこれでさよならなの? もう会えないの?」
『そうだネ。これからピカリィたちは、ほかのいろんな人たちに会いにいくからネ。でも、ピカリィのメッセージは毎日、星の光と共にミナサンにふりそそいでいるヨ。だから、さみしくないヨ。さよなら、パパさん、ママさん、マコちゃん、ケンタくん。お元気デ!』
 ピカリィの身体から、ほうき星のような光のすじがあふれだします。
 まぶしくて、とてもまともに見つめていられません。
「だめーっ、ちょっと待って!! ピカリィ、私、まだわかってないよ! まだ帰りたくない!!」
 いいようのない不安にせきたてられて、マコが叫びます。


「最後の、見返りも求めない愛、もっと教えて。だって、私、ちょっと好みがあわなくなったら、すぐに嫌いになるよ。友達だって、彼氏だって、大好きなスターだって。今までずっとそうだった。それが当たりまえって思ってたけど、急にさみしくなってきたよ。私もそんな愛が知りたい。だけど大恋愛で結婚しても、別れる人だってたくさんいるのに。なんにも求めず愛を贈るなんて、そんなの、どうやったらできるの?」


『それはそれでかまわないんだヨ。その時々に、ひつようなものを選択していくことは、成長の大切な一過程だからネ。盲目的に何かを愛することは、すごいパワーだけど危険でもある。相手にそれだけの価値があるか、自分のペルソナが相手に依存しているだけじゃないか、ちゃんとチェックしないとネ。そして自分を知れば知るほど、深い愛を手に入れられるチャンスは増えるヨ』
「そんなぁ、余計にわかんなくなっちゃったよぉ」
 加速度を増す宇宙船の中で、マコはぎゅっと目を閉じます。
「ねえピカリィ、ボクは、ちょっとわかったよ!」
 あふれる光の洪水の中で、負けじとケンタが叫びました。
「ボクはね、大好きなサッカー選手がゴールを外したら、ものすごく悔しいしなにやってんだよって思うけど、ファンはやめないよ! その人が引退しても、そのあとどうなっちゃっても、ファンはやめない。その人のおかげで、心に宝物ができたからね。だからずっと忘れない…………」
 宇宙船が進むにつれて、ピカリィの放つ光は、どんどん輝きを増していきます。
 みんなのカラダは光の中に浮かび上がり、それぞれ安全な椅子のような場所に誘導されて固定されました。その周りを、透明なシャボン玉が包み込んでいきます。
 どうやら、これが帰還の準備のようです。
 カラダにかかる圧力を感じながら、ケンタはけんめいに叫びます。
「ピカリィだってそうだよ! いっぱいワクワクと感動をくれた。だからぜったい忘れないし、ボクも、ちょっとでもそういうワクワクをつくってみたいって思うよ。ピカリィ、ちがう? ボクのいってること、ちがう?!」
 ピカリィの光がゆっくり、重たく、一回またたきました。
『ケンタくん、ありがとう。ケンタくんの魂、すごく輝いてル。チカラや《想い》って、自分のために使うのじゃないトキに、いちばん大きく、効果があって、強くなれる。きっといつか、わかるネ…………』


 光があふれる宇宙船は、高速で地球に向かっています。
 来た時と同じように、身体には重圧がかかって、ぐわっと固い空気に押し付けられているようです。
 うすれていくみんなの意識の中で、優しいマザーヴォイスが響きました。

《さあ、お別れの時です。みなさん、これからも魂のエクササイズを忘れずに。
 そして、ときどき、世界で起こっているおそろしいこと、美しいこと、
 この世界のすべてに思いをはせてみて、
 感謝と赦し、そしておかげの浄化エネルギーを送ってみてください。
 実際に行動はともなわないとしても、それは無駄ではないのです。
 この習慣は、いざというときに、あなたの行動をとっさに決定づける魂のパターンをつくってくれます。
 そして、未来への方向性もつくってくれます。

 車の運転とおなじ、走る道路や見るべき標識は、目的地のずっとずっと前から設定していなければ、その近くに近寄ることすらできません。
 そのためには、目の前の信号や景色にばかり注目していてもだめ。
 おおきな地図をひろげて、方向だけでもたしかめないと。
 魂の旅の場合も、自分やまわりにばかり注目していると、かえって行き先がわからなくなってしまいます。
 だから時々、関心を地球サイズに、意識を太古から未来まで広げて、そしてあなたがどこに向かいたいか、どんな人になりたいのか考えてください。

 ――――――でも、今は、あなたがたが宇宙から地球への帰還をする時。
 自分がどこに帰りたいか決めるのです。さあ!!》

 自分がどこに帰りたいか。
 テラダ一家は、強く念じました。
 そして――――。


◆ テラダ一家の帰還


 気がつくと、みんなは近所の公園の丘の上にいました。
 くつろいでいた部屋着のまま、ママはガッツポーズ、パパは横走り、マコはうつぶせで、ケンタは大の字で丘の上に横たわっていたのです。
「うっそぉ…………」
 最初にきづいたマコが、あわてて立ち上がりました。
「なにこれ最悪っ、はだしでパジャマ!! こんなとこ、人にみられたらおしまいだよっ!」
「なんで公園? ピカリィも人が悪いわねえ。うちのリビングまで送ってくれたってよさそうなのに」
「ピカリィ? ママ、今、ピカリィって言った? じゃあ、あれは夢じゃなかったのか? いやそんな馬鹿な。しかしなぜかみんなここに。なんだ? 集団夢遊病ってやつか?」
「なにいってんだよパパ、ピカリィは夢なんかじゃないよ!!」
 ケンタは星なんてちっとも見えない、都会の空を見上げます。
「あの星たちも、宇宙船も、ぜったい夢なんかじゃない!!」
 こころなしかたくましくなったケンタとはうらはらに、マコはぶつぶつと文句を言います。
「ああー、あのときスマホがあれば。あんなにすごい体験をしたのに、証拠写真がぜんぜんないよぉ!! 動画をとってアップしたかったぁ。ブロガーとして、一生の不覚だよー!!」
「なにいってるのよマコ、いまどきあんな写真とったって、合成とか言われるにきまってるじゃない。ばかなこと言ってないで、さあみんな、風邪ひかないうちに帰るわよっ」
 ママの言葉を合図に、テラダ一家は近所の公園を経由しててくてくと歩き、宇宙からの帰宅を果たしたのでした。


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