『クロス』#2000字のホラー
とっくに冷めていた。悟(さとる)と付き合って7年。大学の頃から付き合い始め、社会人になってからは新卒でいきなり地方に飛ばされて遠距離になっていた。遠距離恋愛歴は約4年になる。月に1度会うくらいで、惰性で付き合っているようなもの。
LINEのやり取りを毎日していたことすら懐かしい。2日に1回。1週間に1回。1ヶ月に1回。どんどん少なくなっていく。
「大阪と名古屋ならどっちがいい?」
「どっちでも」
久しぶりのデートで関東地方と中国地方の中間地点を選択肢として彼は挙げてくれたけれど、私は素っ気なく返した。場所はどっちでもいい。会うか会わないかすらどっちでもいい。
「分かった!じゃあ、大阪で!1ヶ月後によろしく!」
「りょ」
素っ気なく返す私に対して、悟はどう思っているのだろう。
小説やアート、音楽、映画が好きな陰キャラな私とは対称的で、お笑いやアクティビティが好きな陽キャラな悟に惹かれたのに、悟が私に合わせようとして小説やアートなどに興味を示し始めたことが逆に嫌になった。
合わせなくて良い。私にないものを持っている悟が好きだった。私は私の好きなものを好きなように追いたい。悟は悟の好きなものを追ってくれればいい。
◆
今は悟とやり取りをするよりも、Twitterで流れてくるショートショートを読んだり、Instagramでアートを見たり、YouTubeで音楽を聴いたり、TikTokでダンス動画を観たりするほうがずっと楽しい。
最近は『GORO』や『STchannel』『ショーゴ』といったクリエイター達にハマっている。
『GORO』はTwitterで日常系の小説を書いたり、Instagramで花の絵を載せている。文章力と画力を持ち合わせたクリエイター。笑っている花のアイコンが印象的だ。
『STchannel』はYouTubeでオリジナルソングを歌っている。顔は出さず、声も加工している。2週間前にアップしていた『永遠に(とわに)』がお気に入り。
『ショーゴ』はTikTokで”象のマスク”を被りながらダンスを踊っている。と言っても、難しいダンスではなく誰でも踊れる”超”が付くほど簡単もので、最近では”パオンダンス”がバズっていた。
全員ここ2、3年で突如として現れたクリエイター達なのに、フォロワーがグングン増えている人気者だ。
私は、私が好きなものを追っていく。
◆
悟とのデートを2週間後に控えた頃、転機が訪れた。会社の同僚の友樹(ともき)も『GORO』が好きだと知り、意気投合することに。
『GORO』作品の感想を話すためにお酒を飲みながら食事をし、酔った勢いで友樹と一夜を過ごしてしまった。良くないことだと分かっているのに、悟への気持ちが冷めているからか、思いの外、罪悪感はなかった。むしろ、次の大阪デートで別れを告げようと決心することになった。
◆
悟に別れを告げる日を1週間後に控えた頃、『GORO』が初の書籍化に伴って名古屋でサイン会を開催すると知り、友樹と一緒に名古屋を訪れた。
「友樹と一緒に来られて嬉しい!」
こんなセリフを最後に悟に言ったのはいつだろう。自然と口から出た言葉に自分が一番驚いた。
「僕もだよ!まさかこんなにも早く遠出のデートが出来るなんて!」
「デ……デート。たしかに……!『GORO』が二人を繋いでくれて、デートまで出来るようになって」
「そうだね!サインをもらう時に感謝しなきゃ!二人の名前も書いてもらおっか?」
「えー恥ずかしい。でも、いいね!」
何年も失っていた高揚感が芽生える。今までどこに行っていたんだろう。頬が熱くなる感覚。脳から全身へ滝のように血液が流れていく。サイン会が楽しいのか、友樹と過ごす時間が楽しいのか、どちらもなのか。とにかく、今が楽しい。
会場に『GORO』が現れた。あの笑っている花のアイコンをお面にしていた。サイン会でなら素顔が見られるかもしれないと淡い期待を寄せていたが、やはり素顔は明かさないらしい。
サイン会が始まって10分ほど経ち、私達の順番が回ってきた。
「書籍化おめでとうございます!『GORO』さんの作品、本当に素敵だと思います!僕達がこうして繋がれたのも『GORO』さんの作品のおかげなんです!二人の名前を書いてもらえますか!?」
「ちょ……!やっぱり恥ずかしい!」
友樹が勢いよく話しかける様子にビックリしてしまった。
「分かりました。書きますね」
「ちなみに僕の名前が……」
友樹が名前を伝える前に『GORO』がすでに名前を書き始めていた。
「え、これって……」
そこには、私の名前と悟の文字が並んでいた。
「僕の名前は悟ではないですが……」
友樹は疑問を投げかけた。瞬間、私は無意識に『GORO』のお面を取っ払っていた。
「悟!」
「素敵な彼と、はるばる名古屋へようこそ。まさか1週間前に君と会えるなんて」
「『GORO』が、悟……」
「来週、大阪で会うときに話そうと思っていたけれど、今、話すとするよ。僕は『GORO』『STchannel』『ショーゴ』として活動しているんだ。どれも悟に関連させて付けてみた」
「え」
「君に、好きになってもらいたくてね」
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