ハーバード見聞録(61)

「ハーバード見聞録」のいわれ
「ハーバード見聞録」は自衛隊退官直後の2005年から07年までの間のハーバード大学アジアセンター上級客員研究員時代に書いたものである。

 以下の稿は、ロバート・ロス教授の論文『平和の地政学、21世紀の東アジア』の「抄訳」を7回に分けて紹介するものである。今週はその第7回目(最終回)で「結び」の部分の抄訳を掲載する。


第7回「結び」(3月12日)

結び

地域の安定には、地勢及び勢力構造の他にも、様々な要素が影響を及ぼす。民主主義、相互依存及び正式の多国間安全保障機構も地域の安定に貢献できる。しかし、これらは安定のための不可欠の根拠ではない。19世紀に於けるヨーロッパは広範に渡る民主主義、相互依存及び正式の多国間安全保障機構が無い中で、比較的安定した平和な秩序を経験した。現在の東アジアには、これら三つのファクターが欠如しているが、必ずしも戦争、危機及び軋轢の高まりがあるということを意味する訳ではない。この論文では、地勢が地域の安定と秩序に貢献することを論じた。なぜならば、地勢は、国力、国益及び安全保障上のジレンマという紛争の演繹的原因を形成するからである。

東アジア地域の平和と安定については、次の二つの理由で将来の見通しは良い。第一の理由は、東アジアの地勢が主導的国家勢力の役者交代(power transition)の可能性を最小限にする。第二の理由は、安定した二極構造が、当該地域の秩序を創るために、タイムリーな力の均衡及び超大国(米中)の国力と国益を促進する。東アジアの地勢は、超大国(米中)の緊張が高まりやすいという二極構造のデメリットを緩和することにより、当該地域の秩序の維持に更に貢献するであろう。米国と中国の二極構造の闘争は、陸上パワーと海洋パワーの間の闘争である。このような環境・態勢は死活的な国益を巡る紛争を減らし、安全保障上のジレンマのインパクトを和らげ、高い緊張の持続、繰り返す危機及び軍拡競争の可能性を減らす。

「地勢」と「二極構造」は地域の平和と秩序に貢献するが、これらのうち単独でも両方でも平和と秩序の根拠としては十分ではない。国家の諸政策は変わりやすい。即ち、①米国が、東アジア地域のバランス・オブ・パワーに首尾一貫して貢献し続ける、②中国が(自制して)限定した野望を追及する、或は③米国政府と中国政府が台湾問題について平和的に管理できる、――という保証は無い。

地勢及び二極構造のポジティブな効果があるにも拘らず、戦域ミサイル防衛のような21世紀のウエポン・システムは安全保障上のジレンマを悪化させ、軍拡競争及び米中間及び東アジア地域の緊張を高めうる。最大限言える事は、東アジア地域の二極構造と地勢は政策立案者達に比較的安定して平和な秩序引いては米中超大国間の協力を最大限にしようと試みる好機についてのより大きな自信を与えてくれる。

悲観論に基づけば、アメリカは中国の拡張主義に備え「封じ込め」の類の政策を策定し、高度の軍事的即応性を維持し、中国が挑戦する度に、直ちに高価な報復により応酬する事になる。しかし、そのような政策は、ソ連の能力が米国の極めて重要な国益に挑戦した冷戦時代のおいては適切だったかもしれないが、地勢と冷戦後の二極構造の組み合わせが得られる東アジアにおいては、米国政府は相対的な利益の問題や中国の拡張主義の可能性についてあまり過敏になる必要は無い。

21世紀においては、現在の国防支出とアジア地域における米軍のプレゼンスのレベルにより、米国は地域的な安全保障上の国益を増進し、比較的平和で協力的な米中のパワーの秩序に寄与しつつ、中国との広範な安全保障及び経済問題についての協力関係を発展させることが出来る。



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