【番外編】「台湾・金門島視察記」前編

ー「金門島の武装解除と根本博中将の評価」ー

3月21日~24日の間、台湾・金門島に行って参りました。台湾は金門島防衛には殆ど手抜きの状態で、島で兵士を見かけることはありませんでした。

案内された金門戦役(1949年の国共内戦中に発生した台湾海峡の金門島を巡る戦闘)で旧日本陸軍の根本博中将が「軍師」として指導された指揮所・陣地などはいわば「抜け殻」で、「過去の遺物」でした。台湾・人は強かに、今やその戦跡を観光に活用していました。

台湾が金門島防衛に手を抜くのはなぜか?中国にとって金門島は台湾侵攻の意図を鮮明にする一里塚にはなりうるものの、敢えてそれを行えば、今日のプーチンの様に世界から「十字砲火」を浴び、外交や経済に深刻なダメージを受け、得るものは少なく、戦略的なメリットはほとんどないからです。

台湾もその辺の事情は重々承知の上で、金門島防衛努力は殆どゼロの状態でした。

如実な証は、上陸適地の水際に張り巡らせていた水際障害物――鉄道のレールの先端を尖らせて逆茂木の様に埋め込んだもの――は海水で腐食し、牡蠣殻に覆われ、物の役には立たない状態でした。

テレサテンが「心理戦」の一環として厦門は大嶝島に展開している中国兵に超大型拡声器で呼びかけ、歌を歌った最前線の地下スタジオは、古びたたたずまいに化していました。

中台対立の最前線を見ようと意気込んでいた私には、聊か拍子抜けの感がありました。これに関し、海自OBから以下のようなコメントを頂きました。

”リタイアしてすぐ、台湾海軍から掃海の話をと呼ばれていった18年前(2005年)は、金門島は大変な厳戒態勢でした。その5年後(2010年)には今と同じで、警備隊指令は昼食時から我々と酒を飲み・・・・・”

 もう一つ、外務省OB(元大使)からは次のようなメールを頂きました。

”金門・媽祖は1979年に砲撃を止めており、国共内戦が継続しているというフィクションの維持のために残しているものであり、台湾側も中国が攻めてくることはないとみていますし、万が一中国が攻めてきても台湾としては守る考えがないと思います。そもそも、米華(米台)相互防衛条約(1980年に終了)でも、金門、媽祖は防衛範囲に入っていませんでした。”

もう一つの注目点。台湾は、金門島戦役の大功労者である根本博中将(『この命、義に捧ぐ -台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』門田隆将氏著参照)の史実を意図的に抹消していることです。それもそのはず、建国の基礎——風前の灯火だった台湾を救援――となった金門戦役が日本人の手を借りて勝ったというヒストリー(事実)は到底受け入れられないことで、これを抹消しようというメンタリティが働いているのです。

台湾人は一般的には好日だが、日本の統治時代に起きた霧社事件など、負の遺産もあることを忘れてはならない。霧社事件とは昭和5年(1930年)、台湾中部山地の霧社周辺のタイヤル族先住民11部族のうち6部族が、日本の弾圧的な差別政策などに対して起こした反日蜂起事件である。台湾総督府により約2か月間で鎮圧されたが、翌年4月、6部族の残存住民を警察に教唆された別の部族が襲撃してほとんど全滅させる第2霧社事件が続いた。

台湾政府が根本中将の功績を意図的に抹消しようとする理由について、西日本新聞社の台湾特派員を歴任された竜口英幸氏から以下のような極めて分かり易いコメントを頂きました。

”根本さんは稀に見る義人であり、日本人なら誰でも尊敬する人物です。しかし、不幸なことに、台湾の民衆にとっては、自分たちを大弾圧した蒋介石と国軍が台湾にくるのを手助けした人物と映るのです。また、国軍にとっても、自分たちの無能を明るみに出す人物です。だから根本さんの“名誉”回復には消極的なのです。”

私の素朴な疑問、それは、——台湾有事を日本有事とストレートに思い込んで、数百万の日本人の生命と国土を消失するかもしれない戦争に、日本・人が義憤に駆られてコミットするのは正しいのか、そうでないのか。答えは冷静に考えればわかることだ。

さらに言えば、根本中将の「義」に対する台湾政府の報い方が、そのことを裏付けているのではないか。

台湾有事に、日本を引き摺り込む日米安保条約・在日米軍基地の存在を「戦争開始の最終段階」で如何に回避・処理するか――日本政府は有事の10年後、20年後を見据えて冷静・現実的に考えてもらいたい。

台湾が有事に、日本のコミットメントを得るためには、根本中将の功績を改めて明確に内外に宣言することだろう。このことは、23日夜の夕食会において、参加された台湾(中華民国)外交部関係者を前に根本中将の偉業をしっかりと述べたうえで、「台湾が根本中将の貢献を正当に評価されるなら、この私も、台湾有事においては、必要とあらば根本中将に倣い応援に駆け付ける覚悟であります」と述べた。

台湾に関わられた根本中将や明石元二郎大将の事績を見るにつけ、今日の陸自・陸将の私は、憲法9条下で軽んじられる自衛隊に複雑な思いを抱いたことを正直に申し上げます。

迫りくる有事に供え、防衛予算のみが議論の対象・焦点になっています。

政府・国民は自衛隊に生命を賭して戦えと命ずる前に、憲法9条下で蔑ろにされ続けた自衛官に対する尊敬・尊厳を世界スタンダードに回復することが急務であると、この私・OBは感じた次第です。

帰りの飛行機が羽田に着くころに機内放送で流れたテレサテンの「雨夜花」は、私の左様な複雑な思い・憲法9条下のトラウマを優しく癒してくれたような気がします。

(完)



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