ハーバード見聞録(16)

「ハーバード見聞録」のいわれ
 本稿は、自衛隊退官直後の2005年から07年までの間のハーバード大学アジアセンター上級客員研究員時代に書いたものである。


サマワの陸上自衛隊による対米貢献(5月2日)

前回のnoteで、私がアメリカに来て初めての買い物だった野球帽とスニーカーがいずれも「Made in China」であり、米中貿易摩擦が大きな問題になりつつあるようだと書いた。私は、中国製品の米国進出振りについて更に確認しようと思い、7月16日、妻のショッピングに同行した。場所はボストン市内の「Eddie Bauer」というアウトドア専門店だった。店頭で販売している商品の生産国を調べて見るうち「Made in China」の占有率の高さを予想していた私は、結果の意外さにいささか驚いてしまった。

私が見た範囲の商品とその生産国をリストアップすると、次の通りであった。

○ 雨衣:スリランカ
○ ポロシャツ:ベトナム、パキスタン、カンボジア
○ ジーンズ:ドミニカ、カンボジア、メキシコ
○ ワイシャツ:インドネシア、マレーシア、カンボジア
○ 防寒コート:ブルネイ
○ ニット:香港
○ カジュアルパンツ:インドネシア
○ 帽子、リュックサック、サンダル:中国

いずれにせよ、このように米国製品は皆無であり、また中国製品もこの分野ではむしろ少ない。中国よりも更に人件費の低い開発途上国が多い。この分野(労働集約型製品)では、既に中国の時代は過ぎ、中国は、更に次の段階の技術集約型の高付加価値製品の生産に重点を移行しているのだろうか。

アメリカ企業は、1セントでも安い労働コストの国を探し、そこからニーズの高い製品を調達する。只それだけの事なのだ。これが経済の原則なのだ。
現在、北朝鮮の核問題を巡る6カ国協議が近いと報じられているが、この問題が解決すれば、いずれ「Eddie Bauer」の店頭に北朝鮮の製品が並ぶ日が来るだろう。

ケンブリッジ・ボストン両市に出て見て気がつくのは、日本車が多いことである。妻とよく興味本位で、日本車の数をかぞえて見た。例えば、路上駐車しているものをあるブロック毎に日本車を数えたり、ドライブする際に、対抗車線の車を10台ずつ調べるなどにより、そのシェアを調べて見た。結果は約30パーセントが日本車だった。

これについて、パソコンで「nikkeibp.jp」にアクセスして調べて見ると、「米市場で、日本車が大躍進、10年振りに最高シェアを更新。日本の自動車メーカーの米国市場での躍進が止まらない。2001年の米国市場の販売台数は、1718万台と高水準を誇ったが、このうち日本勢のシェアは26.6パーセントと、10年振りに最高記録を塗り替えた。」となっており、妻と私の路上調査の正しさがほぼ裏付けられた形だ。因みに、この「日経」の統計は、2001年のものであり、現時点では30パーセント近いシェアではないかと思われる。情報収集とは意外な手法でできるものだ。

世界原油市場の高騰で、ここ米国においても、ガソリンの価格が値上がりをしており、燃費の良い日本の小型車の需要が今後も続くものと見られる。
米国政府やGM、フォードなどの自動車産業界から見れば「日本車の輸出が集中豪雨的」という表現がぴったりの惨憺たる状況に映るだろう。

私が、現地調査のサンプルとして挙げた、「衣類」と「自動車」がこのような状況であれば、米国の貿易収支が急速に悪化していることは火を見るよりも明らかであろう。米国の貿易収支(国際収支ベース)を検索して見ると、結果は次のようになっていた。

2001年:マイナス4271億8800万ドル
2002年:マイナス4828億9500万ドル
2003年:マイナス5475億5200万ドル(約60兆円)

1980年代から90年代においては、日米貿易摩擦が主因で、米国の貿易収支が悪化したが、①日本の貿易自由化努力、自主規制及びその後のバブル崩壊による日本経済の低迷②ソ連崩壊による軍事分野の配当③米国自身の経済政策による一応の成功などにより、米国経済は一時小康状態を保ちえた。
それが四半世紀も経たないうちに、①日本の攻勢による米国自動車産業の不振②対中国貿易の拡大と不均衡(貿易赤字の増大)③イラク戦争、対テロ戦争への出費(財政赤字の拡大)などにより、米国経済は再びピンチの陥りつつあると思われる。

米国経済の活性化、健全化、安定化は米国のみならず、世界的課題であるが、私の専門領域ではないので、細部への言及は避けたい。米国の経済不振の影響を軍事戦略面からマクロに捉えると、①イラクからの撤退の加速②戦略体制の縮小(2正面戦略から1正面戦略へ)、本土防衛の重視③更なる日本の役割分担の要求(集団的自衛権の解釈変更、TMDの積極的共同開発など)等が考えられる。

アメリカのブシュ政権は、中国の台頭、対テロ戦争のエスカレートという戦略局面でこのような重要の判断を迫られることになるが、来年後半以降は次第にレームダック化する中で、ポスト・ブシュを睨み、米国内でも経済と軍事戦略等のあり方を巡り次第に議論が高まることになるであろう。

我が国では、経済と防衛を分離して論議しがちだが、ここ米国で思考するに、それは全く一体不離の関係にあることを痛感する。

現在陸上自衛官数百名がイラクのサマワで人道復興支援を行っているが、経済とリンクした日米関係を考える時、「小さくはあるが目に見える対米貢献」として、大きな価値があることだと思う。「対米貢献」と言えば、それは「イラク特措法」の趣旨に反し、テロリストを刺激すると目くじらを立てる向きもあるが、今日の日本の繁栄を実現した最大の貢献国は、アメリカではないか。

イラクにおける人道復興支援と共に、経済や対欧関係の不調に苦しむアメリカに対しサマワの陸上自衛隊が「ささやかかも知れないが象徴的貢献」を行っていることは、我が国の生存の戦略に合致したものであると、陸上自衛隊を退官した者の一人として誇りに思う次第である。


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