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無償の愛の物語はもういらない 

ずっと40歳になるのが怖かったのです。去年は38と何度か嘘をつきました。でも時は止まることはなくその日がやってきたのです。

あいにく年始から喉の痛みをこじらせ喘息が止まらずベッドから出られませんでした。せめてお出かけくらいしたかった。1日パジャマかよ。

そんな40歳の誕生日に感じたことです。

勝利の鐘がなりました

40歳になるのが怖かったのは、惨めな気持ちになる想像をしたからでした。

もう立派な年齢じゃない?でも子供なし、バツイチ、彼氏なし、ボロアパート暮らしに起こした会社の売上は低いまま。しかも誕生日にパジャマと、落ち込む要素が満載です。

でもいざその日になってみると、惨めどころか、40年もよう生きているわ、と誇らしい気分でした。紹興酒やウイスキーの40年ものが希少価値があって高いように、生きているだけで熟成されたまろやかさや深みが出始めた気がしました。

そして、人と比べてこんな私って惨めかしら?って思うのも自意識で。そんな自意識、寝転んだまま鼻くそを丸めて投げ飛ばすくらいどうでもよいことでした。世間なんてあってないようなもの。しかも周りの誰からも口出しされないありがたい環境にいるのです。

のんきにマイペースに今を生きている「私」は、自意識が作り出した世間に怯える「私」に圧倒的に勝っていました。この人の性格、好きだわと自分で思いました。

残された時間を意識する

同時に、初めて、残された時間に限りがあると思いました。30代は未来があって何にでも挑戦できる気がしていたのです。

数週間ダウンして体力が落ちていたせいでもあるのでしょう。片手間にできるなら大丈夫だから、なんて言ってもパワーは使っています。意識してやることを絞ろうと思いました。


無償の愛の物語はもういらない

私はどこか、無償の愛こそが尊いって思っていた節があるのです。見返りを求めず与え続ける事がもっとも徳が高くレベルが高く、そういう尊い存在になりたいと思っていたところがありました。

でも、もうそういうのはいらない。なぜって、残された時間は少ないんですよ。限られたエネルギーをちゃんとやりとりできるところで使いたいです。一方方向より、交換できた方が発展性があります。

だいたい無償の愛という人も長期的には何かが返ってくる事を暗に期待していると思いますし、もっとも徳が高い、なんてランクづけ感が半端ありません。心のヒエラルキーです。そう思うと、無償の愛という物語が急に白々しく感じて恥ずかしくなりました。

ただ、無償の愛の物語を信じたかった理由もわかるのです。ちょっと「人間」に傷ついてきたからだと思います。そして、中学高校の6年間通っていた学校で、ずっとfor others 他人に奉仕せよ、と聞いて育ったのです。

でも、40年も生きると、神様のような尊い存在にはなれないし、それより現世的に楽しんだほうがいいやと諦めがつきました。これからは自己犠牲的奉仕精神とは距離を置き、何を欲しがっているかはっきりさせたいと思います。実は私は欲しいのです。ただ、いい人としてあげたい訳じゃないんです。本当は交換したいのです。エネルギーを循環させたいのです。

これは、平たくいうと、いい人をやめる意識なのかもしれませんね。

肩の力が抜けた気がして、より脱力して生きていけそうでほっとしました。そして欲や損得勘定も必要なことだと、より腹の据わった「人間」になっていける予感がして新しいイメージが湧いてきました。

40歳の誕生日にこんな思いが去来したことを覚えておきたくて文にしました。数年後読み返して、さてどう思うでしょうか。

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