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お先真っ暗とは言うけれど

皆さんこんにちは。20歳になりました。

「noteは月2回書けたらいいな」と前回締めくくりましたが早くも守れなくなってきました野郎です。やっぱこういうコツコツした努力はからっきしですね自分。習慣が習慣として身につくにはかなり時間がかかるとはいうものの、何事も長く続けられる人が偉いですよね。勉学でも楽器でも。

そんなこんなで今回もゆるりと書いてこうと思います。ネガり芸が苦手な方はブラウザバック推奨です。

◆将来何がしたい?

以前「社会人になりたくないよ~なれないよ~」っていう内容の記事を書きました。ほとんど見るに堪えない愚痴と泣き言の殴り書きでしたが要点をまとめると、
・自分にはやりたいことがない→あっても努力できない→社会人としてやっていける気がしない
というまあピーターパン症候群チックなことを考えているわけです。足遅いし速くもなれないのに無理矢理運動会に出場させられる小学生の気持ちですね。むしろ「負け」が生死に直結する以上社会の方が数百倍タチ悪いというかなんというか。

なんで今またこんな嫌悪感に陥っているかというと誕生日に際して、父親から長文のメールが届いたからです。そろそろ就職のことを考える時期ですね、東京に残るか奈良に帰るか、民間か公務員も視野に入れるのか。みたいなことをつらつらと書かれた内容のメール。まあ嫌なもんを思い出させてくれるなあ、と絶賛現実逃避中の私にとっては刺さる——というより毒みたいにじわじわと蝕むような問題提起でして。

無趣味、無気力、無関心。

絵にかいたようなダメ人間じゃねーかと自分でもつくづく思う。オンラインサロンとか自己啓発本に蔓延る意識高い人がやり玉に挙げるような「失敗例」の典型。もし性格が乱数で決まるとするならあまりにも偏りが過ぎる。もし神様が人を作ったとするなら、僕は映画観賞中の神様がソシャゲの周回片手に足の先でいじられて作られた個体だろう。自業自得であることには間違いないのだが、それにしたってなんでこうなっちまったかなあと頭を抱える通りこしてもはや笑いが込み上げてくる。

そりゃ”やりたいこと”だって全くないわけではない。物事に対する興味だって他の人より割と幅広くかつ簡単に持てる方だとは思う。ただそれはとてつもなく浅く、次の日にはふと消えてしまうような一過性のものなのである。絵本の中の子どもが言う「ケーキを食べるのが好きだからケーキ屋になる!」とかと同レベルかそれ以下だ。
文章を書くことが好きだ。だが作家やライターで食っていけるわけじゃないし、よしんば成れたとてその先続けていくほどの熱意は無い。そもそも能力だってないし磨くつもりもない。
最先端技術が好きだ。だが精々家電量販店とかゲームを見てワクワクする程度のものだし、具体的にそれをどう仕事に繋げたらいいのかなんてわからない。3Dモデリングだのプログラミングスキルとかなんて以ての外。
イベント業が好きだ。だがあくまで冷やかし程度の興味しかなく、単発バイトで転々とするのが関の山。それ以前にイベントについて何をやりたいのか自分でも知らないしどうだっていい。
公務員?別に嫌じゃないが勉強してまでなりたいと思わないし明確なビジョンもないのに目指しても意味ない。社会のエトセトラだって興味がないわけじゃないが関わりたいとは思わない。
フリーで細々生きる?生憎そんなに器用な生き方はできないしあまりにも不安定すぎる。そもそもそれが通用するのはある程度のスキルを持った人だけで自分には到底無理だ。

色んな職業を考えた。色んな分野に興味を持った。ただそれはほんの一瞬。ろくに調べもしなければ行動に移さない。ただ風景を見て綺麗だと思うだけ、アニメを見てエモいとツイートするだけ。その程度なのである。なんだっていいし、なんだってよくない。つまるところどうだっていい。なぜならどうにもならないから。

よく「なりたいやつがなければ消去法で!」と言うものの、そんなことをいったら全部選択肢が消えてしまう。かといって「これならマシ」みたいなものも無い。全部ハズレくじみたいなものなんじゃないだろうか。

・なんで働くの?

全人類共通の悩み。そりゃ誰だってそう思う。
ただでさえ就職するのが大変なご時世。綱渡りをするような気分で、あるいは藁にも縋るような気持ちで自分を必死に売り渡らなければならない。何か特筆すべき経歴やスキルがある人はともかく、自分みたいな空っぽオバケを一体どこが拾ってくれるだろうか?もしいるとするならその会社の人事課の理性を疑う。

「いやそうならないように今からTOEICとかインターンとか頑張りなよ」と思うのならあなたはよっぽど健常な人間だろう。おめでとう、これからの人生も楽しんでと惜しみない拍手を送りたい。この記事の一番最初に述べたことを覚えているだろうか。「コツコツした努力はからっきし」と。そう私は努力ができないのである。
せやかて工藤そんなん俺もおんなじやでと思うのなら、あなたの中で”思いつく限り最悪の底辺人間”を考えて欲しい。親のスネにかじりついてお小遣いをパチンコにつぎ込んで溶かす人。一日中布団の中でスマホをいじる人。その人の精神を100倍悪化させて移植したのが自分だ。ここまで書くともはやネタっぽいね。

努力できない。頑張れない。熱くなれない。某熱血テニスプレイヤーが聞けば真っ青どころか拒絶反応で泡を吹くレベル。社会においてこれほどまでに最悪な病気は無いだろう。解決しようにもその解決に踏み出せないのだから。両足が無いのに道具ナシでどうやって走る?ネット回線が繋がらないのにどうやってgoogle検索する?存在しない架空の動物をどうやって生け捕りする?トンチを使えば答えらしきものはでるかもしれないけど、現代社会でそれが通用するわけもなく。
こんな状態では仮に就職できたとして、その先が無い。先ほどから述べている通り堪え性というか、ストレス耐性というか、この場合「働き続ける力」を持ち合わせていない。だからどんな職に就こうと意味なんてない。レールは途中で切れているから。他の列車に移ってもまたすぐ切れてしまうから。

そう思うと社会人って凄すぎる。
自分の両親は言わずもがな、朝夕ですれ違うそんじゃそこらの会社員の方を見る度尊敬の念が出てくる。努力して、就活を乗り越えて、そんで現在まで働き続けている。人によってはそこに加え家族を背負ってる人もいて、中には副業だの自分の趣味だのと両立している人もいる。バケモノ以外のなにものでもない。自分と同じように嫌々だとしても、彼らは実際に労働しているわけだ。頭が上がらない。

・ユメヲカタル!

ウマ娘の曲名みたいですね。

話がとっちらかった上にダラダラとネガティブなことを書いてきたので少しだけ前向きな話をしておきます。

なんだかんだ言ってますけど、多分そんな簡単に死なないし路頭に迷わないのかもしれません。その時がくればなんだかんだ就職頑張って、なんだかんだ文句言いながらも働き続けるのかもしれません。もちろんこれは単なる希望的観測にすぎないけど、間違っても働きたくないからその前に自殺だなんてそんなことができるわけがない。

底辺職に辿り着いたとしても、最終的に路上で死ぬとしても。結局は分相応な場に落ち着いて、それ以上でもそれ以下でもない人生を送っていくのでしょう。必要以上に恐れることでもない。

Twitterを見ていると嫌でも愚痴が目に入る。労働が如何に過酷で、社会に苦しみが溢れているかということがよくわかる。バイトをちょっとしかやっていない自分でもそれは理解できる。
でもそれと同じぐらい、「普通に生きている人」もそれなりにいる。仕事の傍ら、時間の間を縫って推しや趣味について語っている人も見る。死にそうになりながらも死なずに生きている人がいる。それを是と捉えるかどうかは微妙なところだけど、ただどうにかやりくりしていくだけなら自分にもできるのかも…だなんて。

労働と関係なく、取るに足らないことならこの先の人生でやりたいことがいっぱいある。タワーマンションの最上階から街を見下ろして高笑いしたい。深夜に映画を見に行きたい。一日中ボウリングしてみたい。髪染めたい。同じ趣味や性癖を持った人と長々と語り合いたい。ライブに行きたい。でかいモニターとスピーカーを自宅に置きたい。海外に行ってみたい。スカイダイビングしてみたい。本気の勝負事を体験したい。あわよくば自分の本を出版したい。まやかしでもいいから誰かと愛を育みたいというか愛されたい。

自分みたいなどうしようもない人間を、助けたり傍に寄り添ったりできる人間でありたい。きっと「いやあんたにはわからんだろ」って拒絶されるだろうけど(自分もきっとそう思うから)、何かの形で弱者と共にありたい。傲慢でも偽善でも、自分と同じ人種のダメ人間の側に立ちたい。

とまあつらつら述べてまいりましたが、なんにせよ未来はあまりにもいばらの道、そしてそこを進むにしては僕の意志や能力はあまりにも頼りないということで。

未だ保護者によってある程度生活が保障されているからこそこんな腑抜けたことが言えるのかもしれませんが、悲観も楽観もせず進んでいくしかありません。

何が言いたいかわかんなくなってきたのでこの辺で。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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ではまた。

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