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魁!!テレビ塾 第9訓『武器はテレビ。SMAP×FNS27時間テレビ』

【注記】
これは、学研「GetNavi」2014年2月号〜2017年5月号に連載していたテレビ評コラムの再録です。番組データ、放送内容はすべて掲載当時のものです。私の主張や持論も現在では変化している点が多々ありますが、本文は当時のまま掲載し、文末に2023年現在の寸評を追記しました。

SMAPという切り札を使った
「27時間テレビ」に明日はあるか

 押忍!! ワシが当テレビ塾塾長、福田フクスケである!

 突然だが、一般的に「内輪ウケ」はよくないものとされている。誰もが理解できる間口の広いものこそホンモノであり、ノリや文脈を共有できる人だけがおもしろがっているものは「寒い」と言われてしまう。だが、「内輪ウケ」じゃないものなんてこの世にあるのか。あるのは「内輪」のサイズの大小であり、輪の中に入る人数の多いものがメジャーとされているだけではないのか。

 かつてフジテレビは、「業界ノリ」「内輪ネタ」を視聴者に啓蒙することでバラエティの一時代を築いてきた局である。98年に、とんねるずが番組スタッフを「野猿」として歌手デビューさせヒットを飛ばしたのは、「俺たちの内輪の中に、視聴者も当然入ってきてくれる」と信じることができた蜜月時代のピークだったと言えるだろう。

 しかし、今はどうだ。もはやネットでは、「テレビ局が仕掛けたことに乗っかる」のは、情弱のするダサいこととされている。そんななか、今年のフジのFNS27時間テレビが、ほとんどSMAP頼みで成り立っていたことの意味は、とてつもなく大きい。

 番組のなかでSMAPは、かつてメンバーが起こした事件やグループの解散危機、森(且行)君の脱退といった従来のタブーを、ことごとくネタにして感動を呼んだ。それが許されたのは、いまの日本では彼らだけが、自分たちの「内輪」を老若男女に共有させられる、唯一の国民的スターだったからだ。

 裏を返せば、テレビ局はもう自前では有効な「内輪」を作り出せなくなったのである。SMAPという最後の切り札を使ってしまったいま、テレビは「俺たちとはノリの違う内輪ウケのメディア」になってしまうのだろうか。

◆今月の名言

「他人の祭りですよね」(リリー・フランキー)

『武器はテレビ。SMAP×FNS27時間テレビ』
2014年7月26日(土)〜27日(日)OA(フジテレビ系)

フジ系列局の局員が、番組中にサプライズでプロポーズをする企画に対して、審査員のリリーが言い放ったのが上記の感想。27時間テレビおよびフジテレビそのものに冷や水を浴びせるような一言だった。

(初出:学研「GetNavi」2014年10月号)

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【2023年の追記】

当時、自分たちの「内輪」を老若男女に共有させられる唯一の国民的スターだと思われていたSMAPは、この2年後、「事務所に仁義を通さなかった」という内輪の論理を理由に生放送で公開謝罪をさせられ、あげく解散に追い込まれたそのグロテスクさに世間はドン引きしました。

今振り返れば、この年のFNS27時間テレビは、図らずもSMAPの生前葬であったと同時に、「自分たちの内輪ノリ」=「世間のノリ」と勘違いを続ける芸能界とテレビ業界に引導を渡すセレモニーだったのではないでしょうか。

27時間テレビのノリを「他人の祭り」と言い当てたリリー・フランキーの慧眼が光りますし、私はこれをテレビ史に残る名言ではないかと密かに思っています。「テレビ」を辞書で引いたら、意味の説明に「他人の祭り」と書いてほしいくらいです。

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