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不運

世の中には引きが強い人というのが少なからずいる。
そんなに乗り気じゃなかった同僚の結婚式の二次会のビンゴ大会で優勝したり、たまたま拾った財布の落とし主が可愛い女性で、それがきっかけで交際に発展したり、思いがけないこところで幸運を引く人、それが引きの強い人である。
一言で言うと、黒木さんはその逆の人であった。思いがけないところで不運を引く人、それが黒木さんだ。

夕方5時ぐらい会社の社長から電話があった。

「めちゃくちゃ急やねんけど明日、黒木君が千葉の〇〇まで出張で行くんやけど、一緒に行って来たらどう?」

黒木さんとは前の会社の先輩で、千葉の漁港の見学に行くらしかった。漁港に興味のあった私のことを思い出して社長が連絡してきてくれたみたいだった。できるならもう少し早く教えてほしかった、と思いながらも急遽1泊2日の弾丸主張に行くことになった。

私はすぐさま、黒木さんに電話し一緒に行く旨を伝えると、「オッケー!オッケー!ホテルは同じホテル取っとくわ!」と二つ返事で調子よく返事してくれた。

わたしは嫌な予感がした。なぜなら黒木さんは会社で一番の不運の引きの強さを持っているからだ。

もし不運を引くという仕事があれば黒木さんにとって天職である。
もし不運綱引きという不運をお互いに引っ張り合うスポーツがあれば優勝である。
もし不運が引けなくて困っている村があれば黒木さんは救世主である。
しかし、実際にはそんな仕事も、スポーツも村もないので、黒木さんの引いた不運は全て黒木さんに向かって飛び掛かってくるのだ。

30分後、黒木さんから僕の携帯に電話がかかってきた。

「ごめん、さすがに前日やからどこのホテルも満室みたいやわ!でも探したら一か所だけ空いているホテルが見つかったから予約しといたで!じゃあ、また明日!」

会話の末尾にはいつも“!”マークが着く黒木さんであったが、黒木さんの調子が長続きしたことなんか見たことがない。私は嫌な予感しかしなかったが、わざわざ私のためにホテルをとってくれた黒木さんに「良かったです。ありがとうございます。」と素直に感謝の気持ちを述べて電話を切った。

こうして不運引きの黒木さんとの千葉への出張が始まるのだ。

翌日私と黒木さんは大阪駅で待ち合わせをして、合流した。
黒木さんは電車の時刻などを入念に調べて完璧な予定を立てていた。千葉に着いたら漁港の人と食事の約束をしているらしく、到着時間には慎重になっていたのだ。
千葉行の特急列車が発車するホームまでの道のりはややこしかった。
しかし同じく千葉へ行くのは初めてのはずの黒木さんは、もう何回も行ってるような雰囲気をだしながら、調子よく私を先導してくれた。
なので、私は全てを黒木さんに託すことにした。
黒木さんの先導に従い、無事にホームまで到着した。

ここまでは調子がいい。
あとは特急列車の来るホームで電車を待つだけだ。

特急列車が来るまでは時間があり、普段はあまり会話をしない黒木さんと私には気まずい沈黙が流れた。それを気にした黒木さんは私に精一杯ひねりだしたどうでもいい話を一生懸命私に投げかけてくる。そして私も精一杯その投げかけに答えて相槌を打った。

そんな二人は、一生続けても生まれるものが何一つない不毛なやりとりに懸命になるあまり、時間のことを忘れてしまっていた。
そして、ホームが合っているからここで待っとけば間違いないという自信で、目の前を通過し、少し進んだホームの先で止まった電車の存在にも気付かない二人であった。

来るはずであろう時刻の10分後に異変に気づき私たちであったが、すでにもう遅かった。ホームは合っていたのだが、特急列車の車両編成が短く、私たちが待っていたホームのところまで車両が届いてなかったのだ。

私は感服した。電車が到着するホームで電車の車両が届かない場所を引き当てた黒木さんの引きの強さに。

千葉出張、一発目の不運である。

千葉の漁港行の特急列車の便はあまりないため、私たちは普通列車で行くことになった。この時すでに漁港の人との食事は二時間遅れが確定し、着いたとたんに初対面の人間に全力で謝罪しなければならない未来が待っていた。

これで二発目。不運のリーチがかかった。あと一つ不運がでればビンゴだ。


先ほどまで何も生まれなかった2人の間にはいつのまにか負のオーラの泉が生まれていた。

もし負のオーラを充填する仕事があれば今の2人には天職である。
もし負のオーラを燃料にして走る車があれば、その車は一生走り続けるのである。
もし負のオーラ不足で困っている村があれば、2人は救世主である。
しかし、実際にはそんな仕事も、車も村もないので、行き場をなくした負のオーラは2人の周りをふわふわ漂いさまよっているだけであった。

普通列車の中で、親睦を深めるに十分な時間があった二人の間に、会話はほとんどなかった。

時間を持て余していたので、なんとなく私は黒木さんが取ってくれた私が今晩泊まるホテルを検索した。ホテル名を入れると検索結果がズラッーと並んだが気になる言葉がいくつも見えた。

“ホラースポット”、“地元で有名な心霊ホテル”

どうして、気づかなかったのだ。観光スポットにあるホテルで、他のホテルがすべて満室にかかわらず、そのホテルだけ空室があるのはなにか理由があるはずだということに。

私は黒木さんの不運の強さに再び感服し、私は心の中で雄たけびをあげた。「ビンゴ!!!」


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