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社会の自浄作用

社会への帰属意識がもたらす、集団からの偏差を許さないという風潮がある。


常識から外れることを許さない社会が、外れた者の不安を煽り、仕事やその他行動に直接制限をかける場合さえある。


社会形成により個人を拡大することなしにはできない学びも多く、また完全に自給自足を個人で行う事も不可能であるため、根本的に集団そのものや帰属意識を無くすことは不可能であるのだが、それ自体が偏差を許さない感情と結びつくことは必ずしも良い集団心理を生み出すとは限らない。


形だけの民主主義という体裁そのものの問題点はさておき、個人の人間というものが団体や国家という存在を形作るものであるという考え方としても、何かしらの問題は常に個人の責任であると同時に社会システムの問題でもあるという事が言える。

個人の問題をむやみやたらに社会に転嫁する事は、甘えであり、社会がどこまで発展しようとも、常に1人の人間の人生は個人に責任がある。
しかしながら、社会システムが生み出す個人の問題というのも、システムが完全なものでない限り存在するはずである。


つまり、むやみやたらな帰属意識が、同調圧力が、社会システムの「自浄作用」を機能させないという事態を引き起こしうるということ。


そして、この意味での帰属意識と愛国心は全く別のものである。

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