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ベルリンでの最初の患者グレーテと「フロイトからの離脱」

メラニー・クライン「エディプス葛藤の早期段階」(1928)、著1第9章、225-238.Klein, M. (1928). Early Stages of the Oedipus Conflict. Int. J. Psycho-Anal., 9: 167-180.
ミーラ・リカーマン『新釈 メラニー・クライン』第 5 章 「完全に現実離れしたイマーゴ」─フロイトからの離脱、岩崎学術出版社、2014。Likierman, M. (2001). 5. 'Figures wholly divorced from reality' -- The Departure from Freud. In Melanie Klein: Her Work in Context, pp.65-84, Continuum.
Sherwin-White, S. (2017). 6 The early stages of young-child analysis: Grete on the couch. In Melanie Klein Revisited, pp. 93-119, Karnac Books.

リカーマンは1927年から1935年までの、クラインに「抑鬱ポジション」概念の提起を可能にさせた諸契機と諸因子を考察している。今回取り上げるクラインの論文「エディプス葛藤の早期段階」は1928年発表であり、その期間の最初の段階に属する。
クラインは既に、エディプス・コンプレックスがフロイトの想定した4,5歳よりも前から活動していると指摘していた。このような修正は、それ一つのことに留まらず、他の面にも及んでいく。その一つは、エディプス・コンプレックスの性器期からの分離である。実際、時期的に言って、それは口唇期・肛門期の過程の影響を受けざるをえない。また、場面と対象もまた、父母との対人関係から、母親の身体とその内容つまり赤ん坊・父親のペニス・・などに移行する。これは論理的な帰結でもある。
しかし元々のフロイトの理論から相当離れたものであり、年齢層として「フロイトがあまり知らない群」についてであれ、単にフロイト理論の「隙間を埋める」や「拡張する」で済まない、全体的な書き換えに通じる。1935年までの時間は、その発酵期間だったことになる。それにしても、共通の地盤と補助線が必要である。リカーマンは、フロイトの進化論的思想とアブラハムの拡張・改訂された精神-性発達理論そしてフロイトの「投影」「摂取」への注目がその役を果たしたと論じている。
リカーマンがその論考から抜いているのは、フロイトによる「死の欲動」の導入(1920)のクラインへの影響である。それの非人間的性質までを考慮すると、「道徳」や「創造性」についてのリカーマンの見取り図は、維持されなくなるかもしれない。

シャーウィン-ホワイトが取り上げているのは、最初の子供の精神分析患者と見做されるグレーテである。その治療は、冒頭画像の記述にあるように、1921年2月22日にベルリンのポリクリニックで始まった。黒塗りになっていることが示すように、Greteは偽名である。その治療の完全な記録は残っておらず、クラインの論文では「早期分析」(1923b, WMK I)と「子供のリビドー的発達における学校の役割」(1923a, WMK I)で、「吃音と強い同性愛の固定観念を持つ9歳の少女」として登場する。事例の紹介では、グレーテが2歳の時に、ランプのような燃えるもので顔に火傷を負った事故が述べられている。
クラウディア・フランクは、3.1 クラインの出版物におけるグレーテ、3.2 未発表原稿でのグレーテ、3.3 クラインの治療記録に残るグレーテと検討を重ね「それ以来、彼女は吃音に悩まされるようになったが、父親が子供の頃にそうであったように、それ以前にもある程度の吃音があったことは間違いない」と書く。グレーテについてフランクが指摘するのは、この頃のクラインがまだ、子供を寝椅子に横にならせようとしたこと、攻撃的な内容をリビドーの路線で解釈したことに見られるように、フロイトのパラダイム内に留まっており、今ここでの交流を十分に探究できなかったことである。
シャーウィン・ホワイトは、フランクの論評に一部は反論しつつ、クラインがグレーテの陰性反応を十分に扱えていないことを認めている。ただ、吃音の背景には舌がペニスと等置されているといった無意識的空想があるといったクラインに解釈はそのまま受け入れており、「今となっては奇妙に思える」というフランクの感想の方が、自然に思われる。またフランクは、「クラインが実際にはグレーテが吃音していない例で吃音の意味を説明したことも、テキスト自体の中で驚くべきことであり、納得のいかないことである」と指摘している。クラインが、グレーテは2歳の時に事故に遭った記憶があることと、その時に始まった、あるいは悪化したとされる吃音との間の関連性を探究していないことにも注目している。

クラインの面接記録の一部:
Grete4 – einzige Erinnerung
an Eltern. Sie im Kinderbett. Mutter hat
Lampenschirm zerschlagen. Vater furcht-
bar böse u. schreit, - will Mutter hinaus-
setzen. Sie schreit sehr im Bett bis Vater
sie aufnimmt. Auch kleiner Bruder
[ist]1 im [seinem]1 Bett. [An:1 Vater keine Erinnerun
nur dass Kneifer trug. - Nach Mutter
von der getrennt lebt, - Sehnsucht
Grete4 – only memory
of parents. She in the cot. Mother has
smashed lampshade. Father terribly
angry & shouts – wants to send mother
outside. She shouts a lot in bed until father
picks her up. Little brother
[is]1 also in [his]1 bed. No memory [of]1 father
only that he wore pince-nez. After mother
lives apart from her – longing.
グレーテ4 ーただ記憶
両親の。彼女は赤ん坊用ベッドにいる。母が
ランプシェードを壊した。父はひどく
怒って大声を出すー母を追い出そうとする、
外に。彼女はベッドの中で何度も叫ぶ、父親が
抱き上げるまで。弟
も[彼の]ベッドの中に[いる]。父[の]記憶はない
鼻眼鏡をつけていたことだけ。母の
住むところが彼女から離れてからはー熱望。

グレーテのこの早期記憶では、母親はランプに火を点すのではなく、叩き割っている。ランプの灯にリビドー的な意味があったとしても、それを保持する器は破壊され、その油は危害を加えている。グレーテの火傷は、身体損傷として永続的に響くほどトラウマ的だろうか。治療の行き詰まりは、その複雑さを反映している。

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