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ソフトテニスのスクールや講習会中の事故防止の重要性

(2022年12月4日更新)

弁護士ソフトテニス愛好家のふくもとです。

現在、ソフトテニスをする機会は年に数回ほどになってしまいました…。
以前プレーした際には張り切りすぎて足をつってしまい、それ以降、毎回怪我しないことだけに注意しています。

今回は、「ソフトテニスのスクールや講習会中の事故防止の重要性」というテーマで、ソフトテニス中の事故や怪我に関する話題を、主に、実際に指導に当たるコーチ(講師)や、スクールや講習会の運営者に向けて、弁護士の視点から書きたいと思います。


1 この記事のポイント

(1) ソフトテニスのスクールや講習会の実施の際、法的には、スクールや講習会の指導者や運営者において、ソフトテニスの技術指導を行う義務に加えて、受講者との受講契約に基づき、または、指導者として通常負うべき義務の内容として、受講者の安全に配慮する義務が発生している。

(2) この記事では、コーチの責任が肯定された裁判例(硬式テニスにおける球拾い中の事故)と、否定された裁判例(硬式テニスにおけるベンチ待機中の事故)を紹介している。

(3) 裁判例の結論を分析すると、特に、年少者、初心者に対するスクールや講習会の際には、基本的な事項であっても、事故防止についての指導を徹底する必要があることがわかる

2 テニススクールの事故につき、コーチに指導上の義務違反があるとされた事例(裁判例①)

これからご紹介する事例は、硬式テニスのスクールにおいて、ある受講生がコーチの指示を受けて球拾いをしていたところ、他の受講生の打ったボールが目に当たり、怪我をしてしまったという事例(裁判例①)です。

この裁判例①において、裁判所は、コーチに指導上の義務違反があるとして、コーチを雇用していたテニススクールに、受講生が負傷により被った損害を賠償する責任があることを認める判決を下しました(横浜地方裁判所昭和58年8月24日判決/判例タイムズ510号137頁)。

・裁判例①の登場人物

Aさん 30代主婦。硬式、軟式を問わずテニスについては全くの初心者。B社の開講するテニススクールの初心者クラスに所属していた。
B社 硬式テニスのテニススクールを開講していた会社。
Cコーチ B社に雇用され、B社の開講するテニススクールのコーチとして受講者の指導に当たっていた。

・裁判例①の事案の概要

Cコーチは、Aさんらが所属してた初心者クラスの受講者7名に対し、バックハンドストロークの指導をしようとしていた。
その指導内容は、Cコーチが一方のコートの中央に立ち、反対側のコートにいる受講者2名に向かって球出しをし、その受講者がバックハンドストロークで打ち返すというものであった。
 
Cコーチは、バックハンドストロークの練習をする2名以外の他の受講者に対し、打ち返されたボールについて、球拾いをして、Cコーチの手元に届けるように指示をした。
その際、Cコーチは、球拾いの危険性や危険防止について何の指導もしなかった
Aさんは、Cコーチの指示どおり、2名の受講者の練習中、球拾いをしていた。
 
しかし、Aさんは、練習中の受講者が打ち返したボールを直接右の眼球に受け、右網膜振盪症等の傷害を負った
 
Aさんは、本件の事故がCコーチの危険防止義務違反によって発生したとして、Cコーチの雇用主であるB社に対し、民法第715条第1項に基づいて、損害賠償請求を行った。

・裁判例①の判決の要旨

この事案において、裁判所は、テニススクールのコーチには、受講者の生命・身体を損なうことのないようその受講者の資質、能力、受講目的に応じた適切な手段、方法で指導をなすべき注意義務があるという一般論を述べました。
 
そして、この事案において着目すべき事実として、裁判所は次のような点を指摘したうえで、Cコーチには指導上の注意義務違反があると述べました。

(1) 怪我をしたAさんは、主婦であり、テニス初心者であったこと
(2) Cコーチは、Aさんに対し、球拾いの危険性や危険防止について何の指導もしなかったこと
(3) (1)、(2)にもかかわらず、Cコーチは、Aさんに対し、ボールが衝突する危険のある状況でのボール拾いを指示して球拾いをさせたこと

横浜地方裁判所昭和58年8月24日判決/判例タイムズ510号137頁

その結果、結論として、Cコーチの雇用主であったB社に対し、損害賠償責任が認められました。

3 裁判例①の解説と、関連する事例(裁判例②)の紹介

・裁判例①の解説

先ほど紹介した裁判例①は、一般論として、テニススクールのコーチの注意義務(安全配慮義務)について指摘しています。
裁判例①の判示した一般論については、以下の点を押さえておくことが重要です。

・ テニススクールのコーチには、受講者の生命・身体を損なうことのないように指導すべき注意義務(安全配慮義務)がある
・ この指導上の注意義務(安全配慮義務)は、常に一律の内容ではなく、「受講者の資質、能力、受講目的に応じた適切な手段、方法」によって履行されるべきである。

横浜地方裁判所昭和58年8月24日判決/判例タイムズ510号137頁

そして、裁判例①においては、上記の一般論を前提に、資質や能力の観点などの観点において、Aさんは、主婦であり、テニス初心者という属性の受講者であったにもかかわらず、Cコーチが、球拾いの危険性や危険防止について何の指導もせずに、ボールが衝突する危険のある状況で球拾いをさせたことは、適切な手段、方法による指導ではなかったと評価され、Cコーチの指導上の注意義務(安全配慮義務)違反が認定されたということになります。

テニスの練習では一般的にありそうな、ストローク練習中の球拾いというシチュエーションにおいても、事故防止のための指導が重要であることを物語る裁判例です。

この考え方は、ソフトテニスのスクールや講習会における指導においても、同様に当てはまるものといえます。

・裁判例②の紹介

また、関連する事例として、テニス教室において、ある練習生(Xさん)が、他の練習生の練習中に、ベンチに座り下を向いてガットを調整していたところ、ボールが右の眼球を直撃して怪我をしたという事例の裁判を簡単に紹介します。
 
この裁判例においては、裁判所は、テニス教室のコーチの指導上の安全配慮義務違反を否定しました(横浜地方裁判所平成10年2月25日判決/判例タイムズ992号147頁)。
 
注目すべき点は、裁判所による以下の指摘です。

・ テニス教室というのは、コート及びその周辺という限られた空間の中で、複数の練習生が技量の向上を目指して練習をするものであるから、各練習生は自ら適切な待機場所を選んで、自己の安全を確保し、かつ、プレーの妨げにならないように配慮すべき義務があるというべきである。
・ Xさんは、初心者や学童などと異なり、一定のキャリア、技量を有し、最上位のレベルのクラスに属する練習生であったのであり、なおさら、自己の安全を確保して他者のプレーの妨げにならないように配慮すべきであった。
・ また、本件の練習メニューは当日初めて行われたものではなく、Xさん自身もその練習内容については十分認識していたはずである。
・ 現に練習を指導しているコーチは、そのプレーにこそ細心の注意を払うことが要請されているのであるから、待機中の練習生の待機位置などについては、ことに本件のような上級者クラスにおいては、各練習生自身が適切に対処するであろうことを期待してよく、プレー中のコート内に立ち入るなど明らかに不適切な行為を発見したような場合を除き、事細かな指示を与えるべき注意義務はない

横浜地方裁判所平成10年2月25日判決/判例タイムズ992号147頁

要するに、この裁判例では、練習生であるXさんについては、初心者や学童などと異なり、上級者クラスに属することや、練習内容を十分理解していたことなどを重視して、自分で自己の安全を確保すべきであったとしています。
他方、コーチについては、本件のような上級者クラスにおいては、各練習生が適切な待機位置を取ることを期待してよく、明らかに不適切な行為を発見した場合を除いて、細かい指示を与えるべき注意義務はないとしています。

・まとめ

このように、裁判例①と、裁判例②は結論が真逆になりました。
どちらも、テニスのスクールや講習会においてはよくありそうなシチュエーションですが、結論の違いを導いた理由としては、怪我をした受講生が、初心者であったか、上級者であったかという事実の違いが大きく影響したものと思われます。

4 ソフトテニスのスクールや講習会中の事故防止の重要性

・裁判例から学ぶべき教訓

裁判例①と裁判例②から学ぶべき教訓は、初心者や年少者に対する指導の際には、ソフトテニスの練習にあたって起こり得る事故防止についての指導を徹底することです。
 
なぜなら、裁判例①と裁判例②は、受講生が初心者(かつ主婦)か上級者かという点で結論が分かれ、受講生が初心者であった裁判例①では、球拾いの危険性や危険防止について何の指導もしなかったという事情を考慮して、指導者の義務違反を認めたからです。

・ソフトテニスのスクールや講習会中の事故防止の重要性

 これをソフトテニスのスクールや講習会に当てはめてみると、初心者や年少者の場合には、例えば、事故が起こりそうなシチュエーションとして、以下のような事故防止の指導を行う必要があると考えます。

・ 他の人がプレーしているときにはボールの行方から目を離さないこと
・ ネット付近に人がいるときはボールを打たないこと
・ 人が近くにいるときはラケットを振らないこと
・ 素振りするときはよく周りを確認すること
・ ストロークやスマッシュ練習などの際には順番待ちの人は十分な距離を取って待つこと

もちろん、スクールや講習会のコーチ側としても、事故防止の指導をするだけではなく、裁判例①のように練習と球拾いを同時にするのは避けること、一度にコートに入る人数を少なくすることといった事故が起こらないような練習メニューの工夫が必要でしょう。
 
もっとも、上級者かつ年長者に対して指導する場合であっても、裁判例②が述べるように、初めて行う練習メニューの際や、明らかに不適切な動きをしている際には、事故防止のための適切な指導が必要であると考えます。

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