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ペンネーム《福耳の犬》に纏わるお話

今日はヘッダー画像の【ワンコ】について書こうと思います。

【彼】はウェルシュ・コーギー・ペンブロークというイギリス原産の牧羊犬を祖先に持つ、とっても賢い、人間が大好きな、、しかしとっても個性の強いワンコです。

【彼】との出会いは彼が6〜7才の時になります。

なぜ6〜7才か、、それは【彼】の半生を私は知らないからです。

ここからは動物愛護センターの職員の方から伝え聞いた話です。

【彼】は第一の最初のパートナーと出会いました。

そしてどんな経緯があったのか、、

【彼】は動物愛護センターに連れてこられました。             

簡単に言うと【捨てられた】のです。

そんな【彼】に第二のパートナーが現れました。

第二のパートナーは犬が欲しかった。

動物愛護センターに譲渡の申し込みをします。

順番が来て、、しかし、、やって来た【彼】はその方が抱いていたイメージとは違った様です。

【彼】を家に連れて帰ったにも拘らず、第二のパートナーは【彼】とは別に新たに(二匹の子犬)を買いました。

二匹の子犬は可愛いく、パートナーの心は子犬に向かいました。

【彼】も遊んで欲しい、、(ワンワン)   、、エサが投げられました。

【彼】も散歩に行きたい、、(ワンワン)  、、エサが投げられました。

僕の方も向いて、、(ワンワン)  、、エサが投げられました。

いつしか【彼】の身体は醜く太り、満足に歩けない身体になりました。

そんな【彼】をパートナーは手放したい。

動物愛護センターに連れて行き、(吠えてうるさい。)(言う事を聞かない。)いかに【彼】が我がままでうるさく、どうにもならない犬なんだと訴えました。

当時の規定では殺処分。

【彼】は死ぬはずでした。

動物愛護センターの職員の方は元パートナーの嘘を見抜いていました。

しかし飼育放棄されていた【彼】は人を信じる事が出来ません。

人に疑いの目を向け、人の言葉を信じません。

とても人に薦めれる状態ではありませんでした。

しかし職員の方は2週間程前に愛護センターを訪れた人を思い出しました。

彼は【子供が約束を達成したから】子供が欲しがったワンコを譲り受けるべく手続きしに来ていました。

職員の方は何かを感じたのでしょう。

(彼)へ電話を入れました。

動物愛護センターからの電話??

??なんなんだろう??

手続きをしてから犬の譲渡までは3〜4カ月はかかる(順番待ち)との説明でした。

まだ2週間ほどです。

*そこで分かる範疇の【彼】の半生を知ることとなります。

電話を受けた(彼)は直ぐ次の休みに子供を連れて会いに行きます。

動物愛護センターに到着すると、いかにも(動画に出てくる)スマートなコーギーが囲いの中で愛想を振りまいています。

子供と二人(話と違うなぁ〜可愛いじゃん)

建物に入り職員の方と手続きをして、【彼】の元へ向かいました。

(あれ?表じゃないの?コーギーは表にいるのに、)

職員の方は裏口のドアを開けて【こちらがお話のコーギーです。】と紹介してくれました。

そこには(先程のコーギー)と同じとも思えない、醜くく歩けない程太り、疑いの目を向けるコーギーが佇んでいました。

【彼】は愛想もふりまかず、目も合わせず、気怠そうにしゃがんでいました。

【今日からパートナーだよ!一緒に帰ろう!】

歩かない【彼】を抱きかかえ、車へと向かいました。

ここで車に向かう途中で、ひとつの思い出が出来ました。

名古屋の中京テレビ恩田アナによる【報道特集番組】のインタビューです。

愛護センターにいる【彼達】への思いがとてもスラスラとぶっつけ本番に拘らず話すことが出来ました。

本音だからでしょう。

そして【一緒に】【彼】と家に帰りました。

家に着いても【彼】は歩かず、リードを引っ張ると全力で抵抗します。

なんとか散歩に連れ出しても【曲がろう】としても【曲がらず】【真っ直ぐ】行こうとしても【真っ直ぐ】行こうとはしませんでした。

最初は散歩10mがやっとの世界でした。

壁にぶつかって止まったミニカーの向きを直す様に、抱き上げては向きを変え抱き上げては向きを変え、そんな散歩を何日も何日も何日も何日も続けました。

そして前パートナーからのクレーム内容(うるさい)、、はずなのに、、【彼】はうんともすんとも音を発する事さえありませんでした。

そんな生活も一か月も過ぎた頃、【彼】と釣りに行きました。

私が釣りに夢中になり、【彼】を長い時間放ったらかしにしてしまいました。

戻って来た私に【彼】は初めて怒りの感情を見せます。

ワン ワン ワン

怒ったのです。(吠えれるじゃん)

そこからはお互いに(大好き)なパートナーとなる事が出来たのです。

一緒に海に行き、一緒に山に行き、一緒に旅行に行き、一緒に町に行き、どこへでも一緒に行動しました。

車の助手席は家族を押し退けて【彼】の定位置になりました。

その頃にはスマートなコーギーになり、川に飛び込んで泳ぐ程になりました。

ある日いつもの様に散歩から帰ると、片側の後ろ足から血が滲んでいました。

その時はあまり深く考えませんでしたが、それが麻痺による初期症状だったのです。

散歩から帰るといつも血が滲む様になり、いつしか下半身は全く動かなくなりました。

変性性脊髄症を発症したのです。

【彼】は上半身だけでも一生懸命に歩き、下半身は買い物かごを吊る様に補助されて散歩しました。

それもいつしか叶わなくなりました。

首から下も麻痺してしまいました。

床ずれにならない様に工夫して工夫して、毎日毎日オムツをして、お尻を洗って、、

でも【彼】の態度は全然変わらず、いつも私に元気をくれました。

リーマンショック時に会社にいいように使われ、サービス残業で夜中1時2時までくたくたに働く私を慰めてくれたのも【彼】です。

そんな【彼】との関係もだんだん残り短くなってきました。

最後は《伊豆旅行》

その時の思い出は強く強く心に残っています。

冬が終わり、暖かくなってくると些細なことから感染症にかかりました。

【彼】は日に日に弱っていきますが、私の前では《元気だから心配しないで!》        そんな態度をいつもしていました。

とうとう意識もあるのか、、ないのか、、

夜遅くまで【彼】と一緒にいましたが、翌日の仕事を考え就寝しました。

朝、目を覚まし不安な気持ちで【彼】の所へ向かいました。

【彼】は待っていてくれました。

私が声を掛けた瞬間、、静かに息を引き取りました。

これが【彼】と私の思い出であり、【彼】の存在を残したい気持ちが《ヘッダーの写真》と《福耳の犬》というペンネームになりました。

以上が《福耳の犬》にまつわるお話です。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。


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