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【VRCワールド紀行】揺蕩う未来─「水の休息所 -Underwater Lounge-」

いま、さまざまな種類の無数のVR空間が現れている。番匠さんが言うところの「空間楽」によって、「個性的な現実群」がどんどん増えている。そんな「個性的な現実群」を巡りながら考えたことを綴っていきたい。
人は陸の上だけが世界だと思っていますが、海の中も一つの世界なのです。地上の法律の及ばない平和な世界です。ここには、人間を抑えつける政府や権力をふるう者はいません。誰でも、平等で自由でのびのびと生活ができるのです。
海底二万里/ジュール・ヴェルヌ

イーロン・マスクのSpace X、ホリエモンのインターステラテクノロジズなど世間では民間の宇宙開発事業が話題になっている。また、ANAのAVATAR X Programなどテレイグジスタンス技術を用いた宇宙進出も発表されている。いつの時代においても宇宙への憧れは存在しており、それは、謎への好奇心、本来は人間が存在できないはずの場所に到達し得るという達成感がそうさせるのだろうか。

地球には宇宙と同じくらい人類の気持ちをそうさせる場所がある。
それは「海中」、そして「深海」である。
当然の事ながら人間は水中では呼吸ができない。水の中とは本来は人間が存在できないはずの場所である。そしてその深奥にある「深海」は私たちの生きる地上とは異なる回路を持っている。「海中(=深海)」は「宇宙」と同じくらい謎を秘めていて、好奇心を沸き立たせる。

人類はいつ「海中(=深海)」と親しくなれるのか。今回紹介するVR空間はそんな事を考えさせてくれる。なぜなら、このワールドはまさに「海中」で完結している世界なのだから。

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世界すべてが海中に沈んでしまったのなら

今回紹介するワールド「水の休息所 -Underwater Lounge-」はすべてが水の中で完結する。

古今東西の終末SFに出てくるような「すべてが海中に沈んでしまった世界」を想起させる(ここが海なのかはわからないのだけれど)。
まずはこのワールドを回ってみよう。

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ワールドに入ると目の前に広がるのは青色。
ゆらゆらと動く水面と水音の間をトラス状の構造物が駆け巡っていく。トラスの廊下は球状の構造物同士を繋いでいる。

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よく見るとこの構造物は海上へも深海へも続く。水平移動のほかに垂直移動も併せ持つ。照明らしきものはない。しかし、この空間は明るい。ふと見上げてみると上から眩いばかりの光が降り注いでいる。光は水の揺らめきによって拡散され、淡い光となって落ちてくる。

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球状の構造物はそれぞれ大きさを異にしている。小さい球には机や観葉植物、椅子などが置かれヒューマンスケールの空間として成立している。大きいは球は何に使われるのだろうか。ちょっとした住宅なら入ってしまいそうなほどの広さだ。球に入る時には半透明の薄い膜のようなものを突き抜けていく。これは何の役割を果たしているのだろうか(エアロックのようなものだろうか)。

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球状の構造物は空間の上下の感覚をなくす。ここでは、上を見ても下を見ても空間が浮遊している。そもそも上下の感覚がないのだ。下を見るとゆらゆらと揺れる構造物が見える。


未来を先取りする

現実でこうした構造物が計画されているのか、調べてみると意外にもかなり少ない。海上に計画される構造物は多くあるものの、海中に計画される構造物はあまり見かけない。
そのひとつが清水建設の「深海未来都市構想 OCEAN SPIRAL」である。

この計画では、海中から深海まで垂直に螺旋状の構造体が水深3,000~4,000mの深海まで下りていく。
建物は
・同じく球体をした構造物からなる深海都市のベースキャンプ「BLUE GARDEN」

中央には75層にもなるタワーが建ち、ホテルや商業・コンベンション、オフィス、住居、研究・実験施設からなる。4,000人の住民と1,000人の来訪者を収容する。

・螺旋状の構造物「INFRA SPIRAL」

螺旋の形状は大量輸送性や変形追随性の高さから決定している。人や電気、水、酸素、海底資源の供給、運搬。海洋温度差発電、深層水取得や深海探査船の補給基地などが組み込まれる。

・リング状の構造物「EARTH FACTORY」

海底メタン生成菌を利用して地上で排出されたCO2のメタンガスへの転換。レアメタル等の資源の持続的回収を行う。

からなる。これらの構成を踏まえると、人が常時住むような場所は水深200mあたりにある「BLUE GARDEN」である。

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引用:https://www.shimz.co.jp/topics/dream/content01/

この構造物の形状は「水の休息所 -Underwater Lounge-」に酷似している。面白いことにこのプロジェクトは「将来に向けて技術的実現化が可能な「目標」を描いた構想」である」とされている。
では、この水中に浮かぶ球状の構造物はどのようにつくられるのだろうか。続いて見てみよう。

『新建築』2015年1月号に掲載された解説によれば、この構造物を構成するのは樹脂コンクリートと樹脂配筋によるラチスシェルとt=3mのアクリル板、t=1.5mのFRPリブからなる。
球体とすることで圧縮力の分布は一様となる。また、海では錆びなどの恐れがあるため樹脂由来とし高強度、高耐久としている。アクリルパネルは水族館を想像してもらえばいいだろう。アクリルパネルを正三角形の曲面パネルとし、FRPのリブで補強することにより360度のパノラマを実現している。
ほかにも波による挙動の制御、上下動の制御などさまざまな課題はあるが、こうした技術検討のもと、「2030年には実現可能な技術を確立する予定である」と本書では書かれている。
このように「水の休息所 -Underwater Lounge-」で現れた構造物はプロポーションや細かなディテールを異にするが、実現できるかもしれない技術・空間としてここでは描かれている。

同じく『新建築』2015年1月号では「深海都市における技術開発の最重要テーマは、水圧対策と外壁透明度の両立である。」とされている。しかし、「深海未来都市構想 OCEAN SPIRAL」では技術の説明やパースでその雰囲気に伝えられるものの、実際にその空間がどのように感じられるかまでは見せることはなかった。
「水の休息所 -Underwater Lounge-」はその意味で、清水建設が描いていた将来のあり方の一端、そして「すべてが水の中で完結する」体験ができる空間となっているように感じる。

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「海中展望塔」という未来

「深海未来都市構想 OCEAN SPIRAL」が構想されたのは2014年のことだ。では、それ以前に人類の海中への興味と建築の結実はなかったのだろうか。実は、存在している。それは構想ではなく現実の建物「海中展望塔」というビルディングタイプとして存在している。

「海中展望塔」と呼ばれるこれらの構造物は1970年代前半を中心に建てられたもので、国内にはわずか9例しか存在しないらしい。その中でもひときわ異様な存在感を放つ海中展望塔がある。
それが「足摺海底館」である。

「足摺海底館」の設計者は、かの黒川紀章である。竣工年は1972年。
そう、大阪万博のすぐ後である。その造形も彼が大阪万博で設計したパビリオンにとてもよく似ている。

「タカラビューティリオン」や「東芝IHI館」で発揮された「カプセル」のデザインの意識はここにも取り入れられているように見える。

そして、「カプセル」は「メタボリズム」に繋がる。
「メタボリズム」近辺の構想を思い返してみると、東京湾の埋め立て地にレジャーランドをつくる岡本太郎の「いこい島」(1957年)、地上から4mの高さの人工地盤に都市をつくる黒川紀章の「農村都市計画」(1960年)、ビル群の合間の空中に構造物を燻らせる磯崎新の「空中都市─渋谷計画」(1962年)、まさしく「海上」につくる菊竹清訓の「海上都市1963」(1963年、1975年に「アクアポリス」として部分的に実現した)等々。その構想たちは海の上、もしくは空中へと延びていった。
その時代の流れとは異なり、ここでは構造物は下へと降りていく。この「足摺海底館」は黒川紀章が描いた「未来」の断片なのだ。そして、それは(技術的な制約と条件に違いがあると言えど)「深海未来都市構想 OCEAN SPIRAL」の姿とはかなり異なっている。
ここでは「外壁透明度」はなく、丸い窓という限られたスペースから海中がほんの少し見える程度。しかし、それによってもたらされた外観とちらりと見える海の中の世界は抒情を感じさせる。

もしかしたら、「海中建築」が広まった先にはこうしたデザインもあり得るのかもしれない。そう考えると、「水の休息所 -Underwater Lounge-」で体験できるような海中世界には、もっともっといろいろな空間がありえるのかもしれない。しかし、このワールドはどんなパーソリティを持つ人がつくったのだろうか。
(余談だが、足摺海底館のHPは妙にレトロさを感じさせる味のあるデザインとなっている。)



とまあ、この紀行文にゴールは特にない。
このVR空間をきっかけとして、人類がいつか普通に過ごすかもしれない「海中」という世界について、つらつらと、この揺蕩う世界で考えながら過ごした。

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今回旅行したワールドはこちら


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