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S社を退職しました

しばらくバタバタしていて、書いたりできていませんでしたが、この度、2021年3月31日付けで約6年勤めた建築系出版社・S社を退職しました!
わ~8888~

僕なんかの記事を読んでくれている人たちは知っていると思いますが。
一応説明すると、建築専門の雑誌なんかを出版している出版社です。

https://shinkenchiku.online/

そこで僕はSという国内の最新プロジェクトを紹介する雑誌の編集を4年半。あと、SNS立ち上げたり、イベントをやったり、なんやかんやいろいろやっていたのを1年半やりました。

おそらく世間的に言えば、けっこう忙しかったかもしれません(この前、家の中を掃除していたら出てきた1年目の時の給与明細は封すら開いてませんでした。限界ってこわいね)。
まあでも総合的に見れば、ほかの会社とか行ってたら会えない人や話せない人とも話せたりしたので、よかったんじゃないかと思います。

なんで入社したのか、どうやって入社したのかをたまに聞かれるんですが、大した理由がなかったので、ためになりそうな答えが返せなかったりすることもなくなります。正直、なんで入れたのかは僕にも分かりません。多分、運がよかっただけですね。

退職する人間ですが、最終的に僕はこの出版社のメディアはかなり重要なものだと改めて思い至りました。
それは「アーカイブ」としての重要性です。

月刊誌が数十年も同じフォーマットでやっていることは、実はかなり異常なことで重要なことだと思います。それがもたらす副次効果もさまざまにあると考えられます。

マガジンハウスや美術手帖が展開している記事読みのサブスクサービスもアーカイブを活用した事例と言えますが、ここではキュレーション的な手法が取られています。遊休資産となっていた過去の記事を活かす、という意味では確かにやり方としてはありだとは思うのですが、この手法は長期的に継続させるには厳しい感じがします。

ここで僕が「数十年も同じフォーマットでやっていることは、実はかなり異常なことで重要なこと」をなぜ強調したのかというと、キュレーション的というよりは建築DBとしてのアーカイブを存在させることが可能になるからです(「新建築の」アーカイブという限定的なものではありますが)。

そうした資産はおそらく長期的に価値を持つようになるのではないかと思います(何に?という具体的なことはまだ浮かびませんが)。
僕が1966年までリストアップした一誌のデータでプロジェクト数が9,500件ほどだったので、創刊から+他誌を合わせると最終的には30,000〜40,000件ほどのプロジェクトを参照できるDBになるのではないかなと思われます。なので寄り道せずに粛々と整備を進めていってくれると嬉しいなと思います。

https://shinkenchiku-data.com/

そして、さまざまな企業の別冊も歴史的なアーカイブとして重要です(通常は企業内でおさまってしまう資料などを外部向けに公開するという行為は非常に重要です)。
また、ひと企業がさまざまな建築の写真の版権を一括して保有しているという状況は未来から見て必ず価値のあることになると思います。ただ、そうした長期的な視点を持ち続けるのは難しいことだと思いますし、その岐路に立っているのが現在なのではないかと思います。

さて、最後に仕事をやっていく中で感じたことをいくつか備忘録として残しておければと思います。(毎月きちんと読んでれば、多分だいたい想像つくようなことです。※個人的な主観文章です)

なにが取り上げられているのか?

現状のSでは、各編集部員が取材してきたものを編集長クラスに情報共有して、最終的に掲載するものを編集長クラスが決定しています。
なので、作品を掲載する厳密な理由のようなものは各編集部員は完全には分かりません。

ただ近年の傾向として「プロジェクト単体の建築としての完成度」だけでは掲載に至らないことが多いのではないかと感じます。

では、掲載に至るものはどういうものなのか?
それは「社会的な文脈」または「建築としての文脈(構造、設備等)」をいかに背負っているかです。

さらに言うならば、「建築としての文脈(構造、設備等)」に関しては『建築技術』や『ディテール』という雑誌が存在しており、そちらの方がより詳細で具体的な情報を載せているでしょう。Sにおいては前者に比べ比重は低いと思われます(あくまで比較して、です)。

つまり、Sの場合は特に「社会的な文脈」をより重要視しており、これを一言で表現すると「(現在は、)主に社会的な文脈を背負った建築プロジェクトを紹介する雑誌」と言えると思います。
ここで「主に」とつけてるのは、もちろんそうではないプロジェクトも存在するからです。また「社会的な文脈」はかなり広い概念であると思います。捉え方は多様でしょう。ここで言いたいのは、単に完成した物理的な建築だけを見ている訳ではないということです。

また「(現在は、」と前置きしているのも、この傾向は現在がそうなっているだけで、ずっとそうだった訳ではないからです。これは雑誌の宿命と言えるもので編集長が変われば雑誌のコンセプトは大きく変わります。しかしながら、編集長が変わったとしてもSの誌面フォーマット自体が変わることはよっぽどのことがない限りありえないでしょう。だからこそ、Sにおいては「何が取り上げられているのか?」が非常に重要になります。さらに言うならば、ページ数やプロジェクトの順番も関連してきます(もっと詳しくいうならば、各計画の紹介でどのような図面や図版が掲載されているか、からもさまざまなことが読み取れます)。

近年では、ゼネコンや組織設計の機関紙と揶揄されることもありますが、上記に照らし合わせてみれば、オリンピック・パラリンピックに向けて進んでいた(=社会的文脈)プロジェクトが連続的に完成し、その結果、近年はゼネコンや組織設計が関わる大規模なプロジェクトが目立って見えていただけでしょう。

ここでは、ゼネコンだから、組織設計だから、大規模だから…という引力は働いておらず、あくまで現在の社会状況を鑑みた時に取り上げた方が良いプロジェクトとして判断されています。また、ある傾向のプロジェクトが多い場合はなるべく幅広い種類のプロジェクトを紹介するようになっており、総合的に見れば一商業誌としては(完全には無理だとしても)客観的な視点を持っている雑誌だと言えます。

なぜ、そうした姿勢でいれるのかは、元・日経アーキテクチュアの宮沢さんの記事の考察が分かりやすいです(ほぼほぼ僕の実感と近いです)。

表紙にコンテンツを書かない雑誌は、「週刊文春」と「週刊新潮」くらいしか思いつかない。固定読者をがっちりつかんでおり、特集がなんであっても買ってもらえる──そういう強いブランド力のある雑誌のみができる表紙だ
これは普通の雑誌ではあり得ない。編集者にとって「見出しを付けること」は最も重要な仕事の1つと私は教えられたが、この雑誌はそうした編集メソッドから外れている。

あくまで推測だが、これは「読者に固定観念を植え付けない」ためなのではないか。

では編集者は一体何をやっているかというと、先に触れた「漏れのない情報収集」と、「偏りのない線引き」(掲載・非掲載の判断)、そして設計の意図を忠実に伝える誌面を「設計者とともに」つくること。


「作品」から「プロジェクト」へ

近年の大きな変化として、取り上げるものが単一の建築を完成させることから継続的にアップデートすることを前提にした計画が増えてきたと感じます。
今すぐに適切な言葉が思いつかないので、ここでは便宜的に「作品」と「プロジェクト」と表現することにします。

「作品」はこれまでのSで取り上げてきた、竣工物件としてオーソドックスに紹介する計画、「プロジェクト」は建設プロセスだったり、運営などを含んだその建築を取り巻くさまざまな、ハードだけに留まらない要素を取り入れた計画です。

これまでSは「写真+解説+図面」というフォーマットのもとに「作品」を紹介してきましたが、「プロジェクト」をそのフォーマットで紹介するとなると、途端にその計画の価値が伝わりにくくなってしまいます。

そもそも雑誌のような媒体は、誌面という場所にある事象を切り取って時間を固定化することで共有可能にする、というものです。
しかし、「プロジェクト」は時間軸を含んでおり、雑誌そもそもの存在意義から考えると紹介すること自体が矛盾するような存在になります。そのため、近年の誌面では「タイムライン」や「アクティビティを含んだ写真」「施工中写真」「ネットワークダイアグラム」などさまざまな紹介の仕方が試みられてきましたが、そのいずれもが完全に有効な手段とはまだまだ言えない状況です。

今後、生産から施工まで、さまざまなプロセスがつながり合うことやハードとソフトの連携など、時間軸を含んだ「プロジェクト」の割合が増えてくることはひとつの建築の方向性として考えられます。
建築メディアはそれに対して有効な紹介の仕方をいまだ獲得できていませんと感じます。


「東京のメディア」であること

さて、S社という会社はそこまで大規模な会社ではありません。
ひと編集部あたり数名で仕事を回しており、会社全体としてもバックオフィス合わせて現在は40名前後ではないでしょうか。
そんな人数なので、支社のようなものはなく、編集部機能は東京オフィスのみの会社となります。つまり、この出版社は「東京のメディア」であると言えます。地方出の僕はそのことによる弊害というか偏向があるのではないかと常々思っていました。

それが何をもたらすのか、建築討論の記事が一番分かりやすくまとめられているので、引用してみます。

とはいえ、ここにも中央/周辺バイアスが生じる余地がある。建築賞同様、実際に見ずに建築の掲載を判断するのは難しい(まったく実物を見ることにこだわらない建築雑誌もあるだろうが)。加えて、自社で撮影する場合には、カメラマンの現地への派遣も必要となる。締め切りに追われ続ける編集作業の隙間を縫って、編集者が地方にまで足を運ぶのはたいへんである。現地視察が見送られることも多いだろう。それが、都内近郊であれば、何かのついでにさっと訪問することも可能である。ここには、明らかに地方と周辺とで不公平さが生じる余地がある。

つまり、関東のプロジェクトを見るときの解像度は確実に地方より高いというこです。それは現地に行けないことには、どうしようもない問題でしょう。ただ、物理的な限界として、それができないという問題もあります(怠惰どうこうの話ではなく。なので、たまに自費で休日に行ってたりしてました。)
必ずしも現地を見ることが絶対とも言えないと思いますが、プロジェクトごとに摂取する情報の解像度にばらつきがあり、そして、関東圏のみ解像度が高くなるという状況があるということです。

さて、このコロナ禍でリモートワークになったことで、地方にいたとしても仕事ができることに多くの人が気づけたと思います。

メディアも例によって、月刊誌であれば校了前だけ東京にいればほとんど成立します(ほとんどの作業は一人仕事で、重い作業をしないのでスペックとしてもMBA1台あれば十分です)。
そうした状況の中で、東京にしか拠点がないというのはむしろ不自然ですし(もちろん東京はいまだに情報が集中するので、拠点は必要だと思います)、地方にも拠点を設けることによってカバーできる範囲が圧倒的に広がるということがあることは容易に想像がつきます。

ただ、東京を拠点とする人たちより情報がフローする頻度は低いので、一企業で考えると査定評価などの困難は確かにあると思います。しかしながら、多くの人びとが地方に目を向ける中で、メディアがそこに対して投資をせずに手を子招いているのはあまりよくない状況のようには思えます。

このタイミングだからこそ、編集のシステムというか会社のシステム自体を組み替えることで新しい情報の集め方ができる可能性は大いにあるのではないでしょうか。


ウェブメディアが扱うビルディングタイプの変化

ここまでは僕が関わってきたSについて考えてきましたが、ここからは建築メディアを取り巻く状況について簡単に考えてみたいと思います。
トピックとしては建築系ウェブメディアについて考えてみます。

国外には多くの建築系ウェブメディアが存在する一方、

国内には建築系ウェブメディアはそこまで多くはありません。
最近では、「TECTURE MAG」など出てきましたが。


そして、国外の建築系ウェブメディアと国内の建築系ウェブメディアの大きな違いは「扱うビルディングタイプの幅」です。
国外では公共施設や高層ビルなどが掲載される一方、国内の建築系ウェブメディアに掲載されるものは住宅や集合住宅、商業施設(店舗)がほとんどです。

ウェブメディアの台頭により、既存紙メディアが... という話が散見されることはありますが、こうした状況はまだまだ建築系においては紙媒体とウェブメディアでは、フォローする幅にかなり違いがあるということです。

ある建築が複数のメディアに登場することは基本的には良いことだと考えます。
なぜなら、その建築に対して、複数の視点を設けることができ、より計画の内容を深堀するチャンスが増えるからです。現に、住宅作品では媒体ごとに作品解説のしかたを変える設計者も存在しています(専門誌では技術的なことや思想を、ライフスタイル誌では生活に即したものを、とイメージしてもらえば分かりやすいでしょう)。
基本的にひとつのメディアにしか出てはいけない、ということはなく、そもそも複雑である建築は、複数のメディアに登場し、それぞれのメディアの特性ごとに紹介の仕方をチューニングし、より多角的な視点がもたらされる方が健全なのではないかと思います。

国内において、公共施設や高層など大規模な計画はそうした機会が少なく、十分に理解がされないまま終わってしまっている計画が多いように思います。

その中で、最近エポックだなと感じているのはarchitecturephotoに大規模なプロジェクトが徐々に掲載されるようになっていることです。

こうした状況が進むことによって、はじめて紙とウェブがより良い共存の在り方を考えられるようになるのではないでしょうか。それぞれの長所を客観視できることにより、それぞれの媒体特性に合わせて紹介の仕方を工夫できるようになったり、メディアとしての多様性に繋いでいけるのではないかと思います。

***

さて、在籍した6年間を通して感じたことをつらつら書いてきました。本当はそれぞれのプロジェクトごとの紹介の仕方(掲載素材の選定や写真の選び方)などトピックはいろいろあるのですが、長くなりすぎてしまうので、ここまでにしておきましょう。
がっつり建築メディアからは離れますが、今後もなんらかのかたちで関わっていきたいとは考えています。

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