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「3年前、会社から帰宅途中の吉田大輔氏(30代、妻と男児ひとり)は、電車を降りて自宅に向かうあいだで一瞬にして19329人となった」

「20××年○月△日19時頃、夏の宵闇垂れ込めるS市K町4丁目の通りで多数の住民が暗色の奔流を目撃した」
3年前、会社から帰宅途中の吉田大輔氏(30代、妻と男児ひとり)は、電車を降りて自宅に向かうあいだで一瞬にして19329人となった——第7回創元SF短編賞を受賞した「吉田同名」をはじめ、ある日突然、縦に半分になった家で、平然と暮らし続ける一家とその観察に没頭する人々を描く表題作、全住民が白と黒のチームに分かれ、300年もの間ゲームを続ける奇妙な町を舞台にした「白黒ダービー小史」など全四編。
突飛なアイデアと語りの魔術が描き出す、まったく新しい小説世界。

『半分世界』を読む。人を食ったような奇想世界が登場しまくる痛快な小説。


巻頭作品は19329人の吉田大輔氏が大量発生した「吉田大輔氏大量発生事件」の経過を克明にレポートする短編「吉田同名」。なんだその設定!
書き出しは

「「いくら考えても分からず、いつからか私は自分を幻想文学的な存在と看做すようになりました。(中略)」そう語るのは吉田大輔氏の一人、吉田大輔氏である。」

入りが完璧すぎる…
次に続くのが

「「逆説的かもしれませんが、私は今や自己化した他者、他者化した自己なんです。孔子、ユング、クーリーの言葉も、私の前では単なる戯れ言になってしまうでしょう。」
こう語るのも吉田大輔氏の一人、吉田大輔氏である。」

いやいや、完璧だ…ここでは吉田大輔氏が大量発生したことにより、世界がどうこう...ではなく、むしろ吉田大輔氏が隔離され収容されどのような生活を送り、どのような思考をしたかがトレースされるという徹底ぶり。なぜ大量発生したかはわからないし、それを真面目な顔で語るのはまさしく「フィクション」のあるべき姿。


続くは表題作「半分世界」。

ある日突如として家が半分になり、生活が露わになった藤原家。そんなことを気にせず淡々と生活する一家を観察する「フジワラー」が現れ、「フジワル」など藤原家の趣味嗜好をさまざまな人びとが模倣し始める。

藤原家は家が半分になり、生活があらわになっていることなどまったく気にせず生活している。そして、それを見つめる「フジワラー」。克明に描かれる藤原家の生活。一体これはなんの物語だ。何も起きないし、そこにあるのはただただ普通の生活である。しかし、異常は起きているはずだ。マジックリアリズム、ここに極めれり。

そんな物語が四編収められた本書。是非ともその奇妙な世界を感じて頂きたい一冊。

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