駱駝祥子
これはどういう小説かというと、「若くて健康で向上心ある青年が『真面目にコツコツ努力すればいつか報われて幸せになれるだろう』という希望を無慈悲な運命によって片っ端から容赦なく打ち砕かれていく話」と言えるでしょう。
主人公の祥子(駱駝はあだ名です)は人力車を引く車夫です。今でいうタクシードライバーみたいなものでしょうか。夢は借り物でない自前の車を持つことで、コツコツ働いて節約して一日いくら貯めて、そうすると数年で車が1台買えるからその車を引いてまたコツコツ貯めて、2台目の車を買ったらそれを人に貸して利益を挙げて、生活が軌道に乗ったら田舎から丈夫で働き者のお嫁さんをもらって…という、あまりにもささやかな夢が、理不尽としか言いようのない事件によってむなしくつぶされていきます。後半になるほど悲惨なことになるので、読み進むのがつらくなるほどです。
よく「俺はまだ本気出してないだけ」みたいな人がいますが、そう思っていられるうちは幸せだと言えます。本気でがんばったのに報われなかった人の絶望は努力したことのない人の比ではありません。若いころは良心的な仕事を心がけ、道順をごまかしてお客から余分な料金を取ることも拒んでいた祥子が、最後には報奨金欲しさで官憲に仲間を売るまでになります。堕ちるところまで堕ちた祥子が煙草をふかしながら「おれも昔は努力したもんだ。でも今じゃこのざまさ」と言うのに対して、誰も何も言えないのです。「この人が失敗したのは運が悪かったのであって、努力が足りなかったわけではありません」という証明書が出るわけでもないし、結果的には努力しなかったのと同じことです。努力の方向性がまちがっていたのかもしれませんが、じゃあどうすれば良かったのか、やはりわからないのです。
駱駝祥子 : らくだのシアンツ
老舎作 ; 立間祥介訳(岩波文庫, 赤(32)-031-1)
岩波書店, 1980.12
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