小説「シェアハウスアーバンレジェンド」③

メリー「秋も深まったある日のことなの。薫は人に寄り添うことが上手なの。だから、メリーさんも正直になっちゃったのかも…」 

 木々が色づき、風に揺れている。私にとって秋は読書の秋。多くの物語を読み、自分の物語を作る糧にする。一方この時期はカボチャやサツマイモなどを使った甘味の中の甘味も増え、甘党な私はついつい食べ過ぎてしまう。つまりは食欲の秋でもある。しかし欲の出しすぎは時に思わぬトラブルを
生みかねない。今回はそんな話だ。

 ある朝、早く目覚めた私は顔を洗ってリビングに向かった。そこにプリンのカップが転がっていた。中身は空なので誰かのおやつだったようだ。
しかしゴミ箱の外に落ちているのはいただけない。
「もう、ちゃんと捨てないとさきさんに叱られますよ」一人つぶやき、ゴミ箱に持っていこうとすると、後ろから声がした。
「もしもし。メリーさん、あなたの後ろにいるの」入居した当初から続く
メリーさんのいたずらだ。気配を消して背後を取るとはさすが探偵。しかしこれで何度目だろうか。「あ、メリーさん。脅かさないでくださいよ~」
私は棒読み気味に答えた。「すっかりなれちゃったの。つまらないの~」
「これもある意味生活の一部ですから」「む~」メリーさんは頬を膨らせ不満気だ。だが改めてゴミ箱に行こうとした私をメリーさんが止めた。
「ちょっと待つの!こ、これは…」「ここに落ちてたゴミですけど…」
「これはメリーが休みの日に食べようとしてた、ご褒美プリンなの!」
「え、ええーーー、でももう…」「さき!花子ちゃん!すぐに来るの!」


 メリーさんの呼び声を聞きつけ二人もすぐリビングにやってきた。
「ひ、ひぃ!メリーさん、すごく怒ってる…」「どうしたの?急に」
「この中に、メリーのご褒美プリンを食べた犯人がいるの!」
メリーさんは順番に皆を指さした。当然私も容疑者の一人だ。
「そんなに怒らなくても。自分で食べたの忘れてるだけでしょ」
「たぶん食べた人もわざとじゃないと思いますよ」このメンバーは皆すごくいい人たちばかりだ。人のものを勝手に食べるような悪い人はいないだろうと思うし、そう信じたかった。
「昨日メリーさんが冷蔵庫を見たときにはあったの!探偵の名に懸けて、
犯人を絶対見つけるの!」メリーさんは推理小説さながらに燃え上がっていた。「まずはみんなが昨日部屋に戻ってから何をしてたか聞きたいの!」


「自分は戻ってすぐに寝ました。なので朝までずっと自分の部屋にいました」昨日は昼間筆が乗って思いのほか書き続けた結果、すっかり疲れてしまっていた。一応これが私のアリバイだ。
「私は昨日友達と飲みながら通話してたよ。何度かつまみを取りに冷蔵庫見たけど」さきさんは最初こそ無関心といった感じだったが、自分が疑われていること、そして仲間が困っていることを受けてか真剣な表情を浮かべていた。
「わ、私は課題があったので部屋でそれを済ませてました」花子さんはびくびくしながらも答えた。メリーさんの目や自分が疑われている状況にパニック寸前のようだ。
「私は報告書を作ってたの!それが終わったらすぐに寝たの!」メリーさんを含め全員のアリバイが出揃った。もっとも、全員自分の部屋でのこと故
それを保障する人はいない。だが、その中で明確に冷蔵庫を開けた記憶を
持つさきさんの言葉が引っかかった。
「ということは一番可能性が高いのは、さきさんですね」
「ちょ、ちょっと待ってよ。私は食べた記憶なんてない。だいたいみんなも 一人で冷蔵庫開けるタイミングぐらいいつでもあるでしょ」
「言われれば確かに…」実際お茶や水も冷蔵庫に入っているし、それを取ることをいちいち意識することは少ない。言葉だけで決めつけるのは早計だったと少し反省した。だがここで別の引っかかりを感じた。メリーさんといえば私が入居したその日に私の部屋にカメラをつけようとしたほどの情報収集家だ。本人の言葉を借りるなら「探偵の性」だろうか。そんな人なら冷蔵庫付近という情報のたまり場は見逃さないだろう。「そういえば、カメラは
無いんですか?それがあれば」
「そんなのプライバシーもへったくれもないから全部片づけさせたよ」
「今あればすぐに解決するのに!悔しいのー!」
「そうですよね…」常識的に考えれば当然だ。本当に私は良くも悪くもこのシェアハウスになじんでしまった。
「あ、あの!た、たぶん犯人知ってます!」ここまで静かだった花子さんが突然叫んだ。

「えっ?」私たち3人は一斉に花子さんの方を向いた
「さ、さきさんです!」花子さんは衝撃の事実を続けた。
「ええっ!」私とさきさんが驚く中、メリーさんはすでに鋭くさきさんに目を向けている。
「さき、どういうことなの!」
「いやいや、だから私は記憶がないって」
「花子ちゃん!詳しく教えるの!」花子さんをのぞき込み、メリーさんは尋ねた。その表情はさっきと変わらず鋭い。花子さんは身を引きながら答えた。
「き、昨日寝る前に水を飲みに部屋を出たら、さきさんとすれ違って…その時さきさんだいぶ酔っていたみたいで…でも右手にそのカップを持っていたんです」
「さきさん…昨日どれだけ飲んだんですか?」
「う、うーん。缶チューハイ4つまでは覚えてるけど…」
「薫!右のごみ箱を確認するの!」
ゴミ箱はさきさんの意向もあり、非常にきれいに分別されている。缶のゴミ箱はすぐに分かった。
「うわ…七つも…ということはほんとに記憶ないんですね…」
「そうみたいなの…」つまみを求めていたことに加えて酔って判断能力が低下しメリーさんのものだと忘れて食べてしまったのだろう。そしてゴミ捨てのときにうっかり落としたがそれにも気づかなかったというのが事の真相のようだ。カップ以外のゴミが正しく捨てられているあたりはさすが綺麗好きのさきさん、というべきか。
「というか花子ちゃん!なんで早く言わないの!」
「だ、だってメリーさん、あの勢いだと犯人を呪い殺しそうだったんで…」花子さんはメリーさんの怒りを人一倍感じ取り恐れていたのだ。確かに私と話すときもメリーさんの目には常に執念が宿っていた。
「うっ…た、確かにちょっと怒りすぎたの。ごめんなの」感情的になりすぎていたと自覚したのかメリーさんは頭を下げた。
「それよりさき!」
「ご、ごめんなさい。すぐに買ってくるからさ。機嫌なおしてよ」
さきさんは頭を下げ、拝むように手を合わせた。
「しょうがないの…今回はそれで許すの」事件が解決し、メリーさんも
やっと落ち着いたようだ。
「あ、あの。私、部屋に戻ります。も、もう限界…」充満したプレッシャーの中に居続け、花子さんは今にも倒れそうだ。
「お、お大事にー」花子さんはふらふらと戻っていった。さきさんも財布を取り、玄関を出ていった。

メリーさんの怒りは共感できる。だがそれ以上に悪意を持った人がいなかったことに安心した。メリーさんもきっとそれは同じだろう。ほんとはこんなことしたくなかったはずだ。実際花子さんに指摘されたあと、メリーさんはずっと暗い顔をしている。
「さきさん、わざとじゃなかったですね。よかったです。でもすごい剣幕でしたね」
「…メリーさん、わがままなの。好きなものは絶対欲しいし、譲りたくないの。だから昔はよくストーカーとか呪いとかやってたの。」
「花子さんも言ってましたけど、今もほんとにやりそうでしたね」
「でもそれじゃ怖いだけなの。友達にそういわれて気づいたの。だからみんなをそうさせないように探偵になったの。そうなのに…反省しなきゃなの…」
「そうだったんですね…」自分が他の人に変わってわがままを請け負う。それはただわがままなだけではできない。
「メリーさん、すごく優しい人ですね。でもあまり気にしなくていいと思いますよ。今回メリーさんは間違ってないんですから」
「あ、ありがとうなの…」普段見せない弱みを見せたメリーさんに、私の中のいたずら心が反応した。
「ところで、自分のことまでしゃべっちゃうなんて、そこは探偵としていいんですか。なんてね」
「薫は私の助手をしてくれたの。業務情報の共有は必要なの」そういうことなら、と私は続けてしまった。
「ふふ、じゃあさきさん帰ってきたらプリン少しください」
「それはそれ、これはこれなの。プリンはメリーさんのものなの」
「えーいいじゃないですかー」二人して笑った。

 

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