小説「シェアハウスアーバンレジェンド」④

花子 「冬の寒さのせいしょうか。独りの頃を思い出したのは…
    薫さんはよく人を見ています。だからきっと私のことも…」
    
 季節は冬。すっかり寒くなり、羽織が手放せない。どこか人恋しさも感じる季節。今回はそんな季節に合う人の温かさを感じつつも、ちょっぴり寒気のする話になった。

2月の中頃、花子さんから「今度二人で話したい」と言われた。二人が買い物に出たタイミングを図り、私は花子さんと話すことにした。落ち着いて話せたらいいなと思い、暖かい紅茶も用意した。花子さんの口に合えばいいが…。
コンコンコン「花子さん」声をかけるが返事がない。
コンコンコン「花子さん」まだ返事はない。様子を見ているのだろうか。
コンコンコン「花子さん」
「は、はい。」花子さんの声がした。そして静かに扉が開いた。
「だ、大丈夫ですか?」
「二人は買い物に行きました。しばらく帰ってきません」
「よ、よかったです」
「紅茶どうぞ。熱いので気を付けてください」
「あ、ありがとうございます。頂きます」
花子さんをリビングに案内した後、二人で紅茶を飲んだ。


「どうですか?」
「はい…おいしいです」お茶はうまくいったようだ。
「ならよかったです。…最近学校はどうですか?」
「はい…もうすぐテストなので、対策に励んでいます」
「もうそんな時期なんですね。僕は数学が苦手で苦労しました」
「そうなんですか?」
「はい、だからというのもあって小説家になろうって」
「そうだったんですね…」我ながら単純な話だ。でもいざ書いてみるとこれがなかなか難しい。私は甘く見ていたとしか言えない。

「そ、そういえばもうすぐ薫さんが来て一年ですね」カレンダーをみて花子さんが言った。もうそんな頃か、と私は一瞬思いを巡らせた。
「はい、ほんとにあっという間でした」
「ど、どうですか?私、迷惑かけてませんか?」
「とんでもないです。花子さん、僕や二人の話いつもよく聞いていて、
だからいつも的確な意見をくれて、僕はもちろん二人もすごく感謝してます。むしろ僕が邪魔になってないか心配なぐらいで」
「あ、ありがとうございます…やっぱり薫さんは人を見てくれる人ですね…」
「そんな、大したことじゃないですよ」今思えばそれはここでの生活のおかげだ。この小説を書くために必要なことであったため自然と身についていたのだろう。
「実は、今日は、そんな薫さんに相談があって…お、覚えてますか?さきさんが配信者になった理由…」夏の頃の話だ。よく覚えている。
「はい。友達からの言葉がきっかけだと…」
「それに、メリーさんが探偵になった理由も…」これは秋の頃だ。
これもインパクトが強かった。
「はい、みんなを自分みたいに怖がらせないように、でしたね」
「私、全然知らなくて…二人ともすごかったんです」
「確かに、過去のきっかけを今に活かせているのはすごいですよね」
「でも…私には何もないんです」ここまで少しほころんでいた花子さんの顔が急に沈んだ。
「どういうことですか?」
花子さんはゆっくりと語り始めた。


「わ、私は、小さいころから臆病で、いつも暗くて狭いところに独りでいたから、自分の夢や目標がないんです。で、でもこのままじゃダメだって
思ってて。ここで人と関われたら、自分にもそれができるかなって…。
でも最近、進路について考えたとき、私だけ何もないままだって気づいたんです。それで悩んでいて…」花子さんは時折部屋を見回しながら語った。
自分を変える、あるいは夢や目標を持つきっかけがあった二人はそれを今に活かし、自分を変えられている。しかし花子さんは二人の話から劣等感のようなものを感じてしまったのだろう。確かに二人には言いにくい話かもしれない。だが花子さんは決してそれだけではない。私は私がこれまで花子さんに感じてきたことをありのまま話すことにした。


「そうだったんですか。…たぶんですけど花子さんはいつも考えて行動してるんですよ。何があっても大丈夫なように。それに、今もそうですけど、
いつも目の前の課題に真剣に向き合っているじゃないですか。それって
十分すごいことですよ。自分は思ったことをすぐ口にしちゃうタイプだし、行き当たりばったりだし。だからそれは花子さんが自慢できることですよ」
メリーさんのプリンの時も仲間が傷つかないようにするにはどうすればいいか考えての迷いだったと思う。さらに自分の悪いところを自覚し、改善しようとするのはすごいことだ。私はもはや開き直っているぐらいなのに。


「い、今の私が…ですか?」
「そうですよ。だからすぐに変えようとしなくていいと思います。
何事も考え方次第なんですよ、たぶん!」
「…あ、ありがとうございます…ふ、ふふふ…。あ、す、すいません」花子さんの顔が綻んだと思うとふいに笑い出した。一度謝る当たり、花子さんらしい。
「別に謝ることないと思いますけど」しかし笑った理由は私には不思議だった。
「いえ、薫さん、面白いなと思って…」「へ?どうしてですか?」
「たぶん、なんて…ふふ」「えー。自分そんなにおかしいこと言いました?」
「いえ…」私が困った笑顔を浮かべたからだろう。
その様子に花子さんはまた少し笑った。


「ただいま」「ただいまなのー」さきさん、メリーさんの声がした。
「おかえりなさい」
「おかえりなさい。意外と早かったですね」
「もうすぐ新作ドラマが始まるの!」「って、メリーが急かすからね」
跳ねるメリーさんを横目にさきさんはやれやれと言った様子だ。
「どんなお話なんですか?私も、気になります」
花子さんもテンションが上がっているメリーさんに少し興味が湧いたようだ。
「シー。始まるの」
メリーさんがテレビをつける。しかしそこに映ったのはザーという音と
テレビの砂嵐のだけだ。電波が悪いのだろうか。
「もうはじまってます?砂嵐しか映ってないですけど」
「あ、何か流れてきたよ?」さきさんは何かに気づいたようだ。流れる文字を花子さんが読み上げる。「タケシ、サキ、…カオル、…ハナコ」
「メリーさん。これなんてタイトルですか?」
「〈怪人アンサー 砂嵐殺人事件〉なの」メリーさんの言葉に花子さんの顔が引きつった。さらにさきさんが続けた。
「あ、「ツギノギセイシャハコイツラデス」って文字が」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!」テレビの音を引き裂くように花子さんの絶叫がこだました。それに気づいて目をやると花子さんがテーブルに倒れこんでいた。
「花子さん…花子さん!ああ、考えすぎたあまりに…」
「花子ちゃんがほんとに犠牲になったの」
「言ってる場合か!」さきさんの突っ込みで我に返った。
さきさんとメリーさんは救急箱を取りに行った。私は花子さんを起こしそのまま部屋まで連れて行った。

臆病であるということは想像力豊かで用心深いということ。何事も考え方次第とは言ったが、時にはそれが仇となる時もあると実感した。

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