小説「シェアハウスアーバンレジェンド」①

 私は流玄薫。これは私が小説家になるため上京し、暮らすことになったシェアハウス「アーバンレジェンド」での一年の出来事である。一年前の春、私はこのシェアハウスを初めて訪ねた。

「あ、そういえば、確か今日は…」
「はいはい!メリーさんわかってるの、あの日だよね!」
「な、何の日でしたっけ…」
「もう!花子ちゃんたら、前からずっと言ってたの!」
「ひ、ひぃ!そんなに怒らなくても…」
「はいはいメリー落ち着いて。花子もビビリすぎ。…じゃああらためて。
今日は何の日でしょう?」
「今日は…」
メリーが答えようとしたそのとき、玄関のチャイムが鳴った。
「もう!タイミング悪いの~」
「噂をすれば、だね」
「な、なんでしょうか…」
「私が出るよ。はーい、ちょっと待ってね」

 後から話を聞いたらこんなやり取りをしていたという。私は実に間の悪い時に着いたものだ。しばらくして玄関からマスクをつけた人が出てきた。「は、初めまして。私、今日から…」そう言いかけた私を見てすぐに察したようだ。「あ、君が例の子だね。ようこそ。他の子は中にいるから。さ、入っちゃって入っちゃって」その人に促されるまま中に入ると、明るい雰囲気の人と少しびくびくしたような様子の人の二人がいた。

「では正解発表~」マスクの人の言葉に手を挙げる人が一人。「今日は…」言いかけた瞬間、「も、もしかして新しい入居者の方ですか?」と隣の人が思い出したように尋ねた。「ちょっと花子ちゃん!あたしが言おうとしてたの!ていうか気付くの遅すぎるの~」「ご、ごめんなさい…」チャンスを 二度も奪われ、手を挙げた人は呆れるように言った。花子と呼ばれた隣の人はビビりながらうつむいた。
「こら二人とも、静かにしなさい。改めて、ご挨拶お願いね」マスクの人が二人を制した。私に話すタイミングをくれるために。傍から見れば私は置いてけぼりにされていたようなものだが、むしろ私はこの状況を楽しんでさえいた。

「初めまして。今日からお世話になります。流玄薫です。年齢は…」とまで言いかけたその時「23歳!実家は群馬の山奥で、家族と3人暮らし!現在は小説家志望で大手出版社に行きやすくしたいから東京で安い物件を探してたらこのシェアハウス「アーバンレジェンド」を見つけ、即契約!好きなものは甘いもので、嫌いなものはコーヒー!」

明るい人が突然私が言おうとしていたことを全て語った。私はもちろん、二人も驚いたようでしばしの沈黙が空間を包む。「あれ、どこか間違ってたの?」「…い、いえ。ただ、初対面ですよね?どうして…」「メリーさんは探偵なの!だから気になることは調べずにいられないの!不動産屋の カメラで君が契約したのをみてすぐに調べたの!」メリーさんと言ったその人はどや顔で答えた。普通なら驚くどころか気味が悪いとさえ思うだろうが、その話を聞いて私はすぐに納得した。昔から本に慣れていたこともあり、滅多なことでは驚かないのだ。ましてや小説家志望、滅多にないことを書くのが私の仕事(になる予定)なのだから。
「そ、それって職権濫用では…」「ていうかほぼ犯罪だから。薫、驚かせてごめんね」「いえいえ。でもおかげで説明の手間が省けました」「す、すごい…適応力ありますね」「だからこそ即決できたんだろうね。来るべくしてきた、といえるかも」二人は私に感心した様子だった。


「あ。そ、それより…私たちも自己紹介しないと…」まだ緊張しているのか、びくびくしながら花子が言った。
「おっとそうだったね。私はさき。ここの大家みたいなもの。普段は動画配信やってるの。困ったことがあったら何でも言ってね」マスクの人が答えた。ずっとどこかで見た気もしていたが、メイク動画などをやっている人だと思い出した。「はい、よろしくお願いします!」「は、花子です…。こ、高校生です。きょ、去年入居したばかりです。よろしくお願いします」「よろしくお願いします!」花子さんは人見知りなのだろう。まだ少しびくびくした様子だった。「メリーさんなの!よろしくなの!」「よろしくお願いします!」メリーさんは花子さんと対照的に積極的で明るい。少々危なっかしいところもありそうだが。「メ、メリーさん。それだけですか…」「探偵は守秘義務の塊なの!そして、常に探求心を持つことが大切なの!ということで、早速薫ちゃんのお部屋に行くの!レッツゴー!」メリーさんが私の手を引く。ずっと自分の部屋を持つことにあこがれていただけにすぐにテンションが上がった。「はい!楽しみだったんです。いきましょう!」メリーさんと私は奥の扉に向かった。

「は、走ると危ないですよ~」花子さんの声が遠くに聞こえる。
「ていうかメリー、花子の時みたく隠しカメラつける気でしょ。いい加減にしなさい。花子も突っ立ってないで、止めにいくよ」二人も続いて追いかける。「は、はい…だ、だめですよ~」

今日から始まるシェアハウス生活。個性的な3人と私の生活はこうして幕を開けた。

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