小説「シェアハウスアーバンレジェンド」②

さき 「あれから3カ月。薫がきて初めての夏。薫は私たち以上に
純粋だと思った。だから、久々に知ってほしいと思ったのかも…」

 リビングは食事をとったり、テレビを見るための部屋として使うことが多い。アイデア出しや編集は自分の部屋で行う。他のみんなも自分のことは自分の部屋でする。しかし私には執筆経験がないからアイデア出しや進め方には苦労する。ましてや夏、眩しい日差しとセミの声に囲まれ続ければいくらクーラーをつけていても気が滅入る。
「はあ…次のネタどうしようかな…」
さきさんのため息交じりな声が聞こえた。さきさんも苦労しているようだ。軽く話せばお互い気分転換になるだろう。私はリビングに行くことにした。「さきさん。おはようございます」「薫、おはよう。筆のほうはどう?」「なかなか進まなくて…。さきさんもお悩みですか」
「うん。次の動画のネタに困っててね。アイメイクやマスクコーデは何度も
やってるし、〈きさらぎ駅に行ってみた〉もやりたいけど遠いしなあ。」
「そういえば最近アマビエちゃんが〈ご利益写真バラまいてみた〉で
盛り上がってましたよ。さきさんもどうですか?」
「あの子は素顔かわいいからね。私はこれ外せないし」
「マスコットみたいですもんね」アマビエちゃんは確かにかわいい。さきさんにおすすめされて見てみたが、すっぴんであの可愛さはもはや同じ人間とは思えない。だがそれ以上に、さきさんの発言が気になった。思えばさきさんは一日中、食事時さえもマスクを外さない。聞くタイミングが無かったのもあるが器用なものだと受け入れていた。しかし本人の口から言われると気になってくるものだ。
「そういえば、なんでいつもマスクつけてるんですか?」

さきさんは黙り込んだ。しばらく静寂が空間を包む。そして意を決した様子でさきさんはこちらに向き直った。
「…一つ質問させて。私…きれい?」
「もちろん!きれいですよ!」私はさきさんの面持ちとは対照的に気楽に素直に答えた。
「じゃあ、これでも?」さきさんがマスクに手をかけた。私は、その下に人には見せられないものがあるかもしれないということを全く考えていなかった。想像力を働かせないとは小説家失格だ。
「あ、も、もしかして、聞いちゃダメなやつでした?ごめんなさい!」
私はうろたえるしかなかった。しかしさきさんは手を放した。
「…なんてね。ほこりが人一倍苦手なんだ」
「…なんだ~」一気に緊張がほぐれ、私はへたりこんだ。
「ふふ、ごめんね。昔からこうなの。だからずっと顔を隠してばっかで、気づいたら顔に自信が持てなくなってた。でも、同じ質問した友達が言ってくれたんだ。もちろんきれいだけど、もっときれいになれるって。それからメイクとか教えてもらって、自信が持てるようになった。だから同じ悩みを持ってる人に〈きれいになれるよ〉って伝えようって配信を始めたの。…て、急に何言ってんだって感じだよね…ごめん、なんか思い出しちゃって…」
さきさんは照れくさそうに、かつしみじみと語った。この人は見た目はもちろん、心まできれいな人だと私は感動した。すると、
「だから掃除のときいつもきびしいの~」メリーさんが突然姿を現した。
「メリー!聞いてたの?」「探偵の耳をなめちゃだめなの」
初めて聞いた風を装いつつもメリーさんはどこか得意げだ。
「ご、ごめんなさい…私も、聞いてました」反対から花子さんもやってきた。花子さんにとって今の二人の雰囲気は確かに入りづらかった。
「花子まで…、恥ずかしいな」目元まで真っ赤になっていることがわかる。だが感動していた私は今の気持ちを伝えずにいられなかった。
「恥ずかしがることじゃないです!さきさんはほんとにきれいな人です!」
「は、初めて知りましたけど、すごく素敵なお話です。」花子さんも続けた。
「メリーさんは知ってたの!さきはとってもきれいなの!」
やはりメリーさんにとってはすでに知ったことだった。しかしそれと感想は別問題だ。
「みんな…ありがとう」まだほんのり赤い顔でさきさんは笑みを浮かべた。「でもそんなおおげさに考えなくても大丈夫だよ。実はあの質問今も動画の最初にいつもしてるんだ」「そうなんですか?」花子さんはまだ興味津々のようだ。私もきっと素敵な理由があるに違いないと続けた。「もしかして、初心を忘れないように、とかですか?」


「いや、みんなが「きれいだよー」っていろいろ沢山投げてくれるから」
期待外れの、ある意味配信者らしい理由に、私と花子さんはその場でずっこけた。メリーさんは笑っていた。

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