発声,音作り,MIXなどの四方山話1

 よくギタリストの曲はギターが大きすぎてバランス崩壊しているという話を聞く。実際そうだ。ドラマーの場合はハイハットが左になりがちだとか。これはドラムセットの中ではハイハットは左に置いてあるものだからだ。ただし、ハイハットが左から聞こえてくるのはドラマーと、ドラムセットに背を向けている演奏者達だけ。ステージ上の音という事だ。客観的な定位ではハイハットは右にある。

 しかし意図がある場合もある。Sound Horizonは舞台を見ているという事を意識した音源作りなので、大抵ハイハットが右にある。更に、ストリングスはオーケストラ配置に近く、ヴァイオリンは左側だ。ここでハットが左にいたらドラマーが背を向けている事になってしまう。
 ところが、Vanishing Starlightという作品では一転してハットが左に定位している。これは「バンドマン」を意識し、より主観的なサウンドを目指した結果だと思われる。
 ドラムの音一つ(いっぱい太鼓くっついてるが)とっても、意図を汲めるかどうかで世界観の見方が変わってくると言う訳だ。
 そして何よりいくら意図的とはいっても売れないバンドそのものの音ではなく、ちゃんといつものサウンドクオリティを保持しているのが偉い所である。

 話は逸れたが、ボーカリストにありがちな音とはどうなのか。全体的にボーカルは確かに大きいのだが、一番の特徴は「ダイナミクスがない」ボーカルに仕上げがちと言った所だろうか。
 ボーカリストは外に出る前の声を聴ける唯一の存在である。本人の中では「んー」と「あー」に客観ほどの音量差がない。「あー」は部屋の反射を聞いてるだけで、体の中で鳴ってる音量は同じなのだ。
 それを解決する為に、コンプレッサーを深く掛けたりなどで本人の聴いている音に近づける、という工夫が行われる事がある。
 または、大きな声を出そうとせんばかりに「んー」を「うー」で発音したりだとか、音量の小さい「いー」を口を開けて「えー」に近い発音にしたりだとか、どうにかして外に音を追い出す為に苦心したりする。

録音と発声の関係


 レコーディングにおいては、どうしても音量的に限られたスペースに声を収めるので「ダイナミクスの大きい声」は逆に小さく聞こえる場合が多い。
 何故なら、一番大きな声に天井を合わせると、小さな声がまるで聞こえなくなってしまう。言葉にしても肉声より子音の方が小さいため、大きな声でハキハキ発声する事で、結局は言葉が不明瞭になるというジレンマを抱えている。行きつく所は音響機材が無かった頃に発達したベルカントやヨーデル、能など伝統芸能の発声だ。話し言葉を捨てた声である。
 ベルカントの歌手をマイクの前に立たせてポップスと同じようにレコーディングすると、大抵はオーソドックスなクラシック録音よりは地味に聞こえるものだ。

 コンプレッサーやリバーブに頼る事で安易に解決する事も出来るが、サウンドに影響してしまうので、発声時点で出来る事に一つ重要な技術がある。

 例えば「あー」の大きな音量に「いー」の小さな音量を追いつかせようとするのが従来の考え方だが、ポップスにおいては小さな「いー」の音量に「あー」を合わせる方が理に適っている。
 そこで、アンチフォルマントという技がある。言葉が難しい。平たく言えば「鼻に掛ける」だ。同じ「あー」を出しても、口からビームのように出せばとんでもない音量が出る(私は)が、アンチフォルマントで「あー」を出せば音量が下がる。ただ、聞こえはあまり変わらないままに「いー」の音量に近づき、相対的には言葉が明瞭になる。
 もし音源媒体で大きな声で歌っているように聞かせたいなら、波形を眺めながらなるべく音量差のない発声を心掛けるといい。ただし、音量が同じでも「あ」より「い」の方が大きく聞こえるという事もある。「い」の音は2k~3kHz等の聴感的に大きく感じる部分にヒットするフォルマントを持つ為、音量自体のエネルギーより周波数バランスとしてのエッジが強く聞こえる。

 母音の調整も一役買う。例えば「あー」を「おー」の口で発音すると、響きが散らなくなる。「いー」を「うー」で言えば横に散らずにマイクに届く。雑に言ってしまえば、それぞれの母音で口の開閉度に差異を近づけていけば響きが整いやすいということである。
 他に、どうしても口を大きく開けたい場合はアンチフォルマントを使う等して音量を整えてやる事も効果的だ。
 「ハキハキ歌う」や「口角を上げる」などの指示は音響機材が無かった頃の名残でもあるため、レコーディングにおいては弊害となりやすい。もちろん、それに対しての対処として響きをどこに置くか、というのも同時に制御しながら歌声を作り上げていけばそれぞれのボーカルスタイルとして不自由なく収録できるだろう。
 また、録音機材が発達していなかった頃の歌手達は、「あー」の音量があまりにも大きい事を気にしてマイクを離したり傾けたりしていたので、それを真似する人が多く居た。今は必要ない。

 もし「声量が云々」と言った評価を目にした時は、それを言った人物がそれらをちゃんと聞き分けられているかどうかが重要となる。聞こえた感じ小さいからと言って、声量自体が小さい訳ではないことはよくあるのだ。
 逆に、大きく聞こえても声量自体は小さかった、という事もある。そのロジックとしては、上にあげたような発声技術によって成り立っている。

 このように、マイクを使った表現には様々なだまし絵のようなテクニックがあるため、音源を聞きながら歌を練習するのであれば実際にレコーディングをしながら逆算出来る程の耳に鍛えて音を理解していく他ないのである。
 実際に歌えるトレーナーに師事する事ももちろん効果的。「発声の癖」というのは、おおよそ家族や友人などの環境要因によって後天的に遺伝していくものなので、部屋の響き方や動作など、情報量がケタ違いな生の声を積極的に摂取していく事で感覚を鍛える事が出来る。

 などと。

 色々な技術があるにしろ、私はいちいちそれに振り回されるのが嫌なのでコンプでぶっ潰してGOである。(台無し)

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