それでも、私は今日もサイリウムを振る
「推しメン」―――。日常を彩る尊い存在。生活の活力となるキラキラ輝く存在。
多くのアイドルファンにとって、日々の原動力になっているのは、間違いなく「推しメン」の存在に違いない。「推し」がいるから学校も部活もバイトも、仕事も家事も大人のめんどくさい付き合いも頑張ることができる。「その日その瞬間」の「推し」に会うために、私は今日も「平凡な日常」を「なんとか」前に進んでいく。
アイドルに興味がない人からすると、アイドルを好きになってイベントに通うという行為は、おそらく「可愛い」=「好き」=「会いたい」という思考回路によって齎される趣味として理解され得るだろう。アイドルファンにとって、これがあながち間違っていないことも事実であると頷ける。「一般人」ではなく、なぜステージ上の「アイドル」を応援するのか。「アイドル」だからであり、それは「可愛い」からである。より厳密に表現するならば、「個人的に可愛い/好み」と思う人だからである。
しかし、アイドルファンを実際経験してみると、「自分の好みの顔」ではない「アイドル」を応援する瞬間、ないし応援している人と出会う瞬間があるのである。摩訶不思議である。「自分」ではもっと別の子の方が「顔」的にはタイプなのに、「推し」はこの子、というパターンである。多くの人が「可愛い」から「推す」のがアイドルファンの在り方だとすると、このパターンは何とも理解するのが難しい。
とすると、そのような人種は、なぜ「タイプではない顔」のアイドルを推すのであろうか。私は、ここにこそ、「今日もペンライトを振るアイドルファン」のファンとしての動機と本質が隠されていると思う。
アイドルを推す理由には、「可愛い」という1つの点を取ってみても、様々な側面があるだろう。「顔」が可愛い、「仕草」が可愛い、「髪型/ファッション」が可愛い、「パフォーマンス」が可愛い、と、枚挙に暇がない。先に挙げた「可愛さ」以外の他の点を考えてみると、「趣味」が同じ、「パフォーマンス」がカッコよい/レベルが高い、面白い、等、これも様々なベクトルと側面がある。必ずしも「可愛い」アイドルだけを推さないとすると、アイドルファンは、「推し」のどこに惹かれるのだろうか。
「可愛くてカッコ良い推しメンに憧れる」。「何者」かになろうとして輝く推しメンに惚れる。それは、自分が推しメンと同じように「何者」かになりたがっている証拠ではないだろうか。スポットライトを浴びて舞う自分の「好きな人」のように、自分も自分だけの「人生」という舞台で輝きたい、と思っているに違いない。「推し」は、今の自分に足りない、そして足りないが故に熱望する「理想像」に他ならないと思う。自身に欠けた「何か」を投影した姿こそ、目の前で輝く「推しメン」に他ならない。見た目通りの「可愛さ」が推す理由ならば、もっと自分が可愛くなりたい…と思っているのかもしれない。何事にも全力で取り組むその姿勢に惹かれたなら、もっと勇気を出して一歩を踏み出す自分になりたいのかもしれない。
思えば、アイドルの現場というのは非常に面白い。年齢、性別、社会的境遇(身分/職業/役職/収入)もバラバラの老若男女が、同じ時間の同じ場所の同じ空間に集結し、同じ人間の前で同じ空気感を共有しているのだから。昨日まで見ず知らずの他人だった人と、「同じアイドルを推している」という事実だけで出会い、話しをし、盛り上がり、そしてまた別々の「日常」に戻っていく。それぞれのファンにそれぞれの生活があり、それぞれの「推す」理由が、そこにはある。同じアイドルを前にしたら、お互いの年齢や性別や職業や収入は関係ない。もちろん、座る座席や購入できるグッズや特典券は個々の金銭の余裕によって異なるものの、少なくとも、「推し」が踊り歌い舞うその瞬間は、「ファン」は皆「平等」なのである。隣の人の名前は知らない、どこから来たのかも知らない、何の仕事をしているかも知らない。
「非日常」的なその空間に会した我々は、「推し」に沸き、「推し」の笑顔に救われ、そして「日常」を生きる力を吸い込んで、また「日常」へと足を戻すのだ。「現場」に足を進めることが目的化していると言われたら否定派できない。依存しているとも言える。しかし、最初のきっかけは、「日常」から「非日常」への「訪問」、ただそれに過ぎなかった。
そして、そこに「足」を進めたのは、おそらく、心のどこかで「推し」の魅力を自分が求めていたからであり、今の自分に欠けた、求めた「何か」と共鳴する部分だったに違いない。
それでも、私は今日もサイリウムを振る。「推し」のため、「自分」のために。「日常」から「非日常」へと潜り込み、「日常」へと再び戻るアトラクションを全力で楽しむ。
今日も「推し」に頑張れと言いたい。今日も「推し」を通して、「日常」を生きる自分に頑張れと言いたい。
だから、私は今日もサイリウムを振る。
(終)