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モンスター・イン・キャッツ・クロージング◆#エピローグ◆



「新しい舎弟はどうだ、ビホルダー=サン」
 トコロザワ・ピラー内、シックスゲイツ専用休憩室。新聞を読みつつ寛いでいたビホルダーに声を掛けたのはアースクエイクである。新聞に目線を落としたまま、ビホルダーは「まずまずだな」と応じた。
「反抗心が無いのでな。伸びが良い」
「それは何よりだ」
 アースクエイクはセンス良く設えられた質の良いソファに腰を下ろしながら、手に持っていた本を開いた。
「ケチなコソ泥を捕まえるだけかと思いきや、思わぬ収穫だったじゃないか」
「ああ。しかし実際面倒なミッションだった」
僅かに目を細めながら、ビホルダーがぼやく。
シンジケートから身を隠し横領を行っていたこと、キャットウォークを共犯としていたこと。これらのことからコピーキャットの潜伏先がキャットウォークの担当していた企業の重役であることまでは容易く予測がついた。キャットウォークが頻繁に足を運ぶ場所に居ること、IRCでやり取りをしていても不自然でない人物であることが条件となるためだ。しかし、そこから疑わしい者を絞り込む作業が、なかなかに手間のかかるものだった。
キャットウォークのジツが非ニンジャに成り済ます以外の用途では全く役に立たないものだというのは、ソウカイヤも把握していた。問題は、彼が自ら語っていたように、肉体も非ニンジャのものへと変化してしまうことだ。確かに、せっかく手に入れたニンジャ身体能力は発揮できない。しかしそれは同時に、ソウル痕跡を検知されなくなるというメリットを有していた。
つまり、一度ソウカイヤと無縁の非ニンジャに姿を変えて逃げられてしまえば、追跡が限りなく困難になってしまうのだ。
ケチなコソ泥一匹のために容疑者全員を処分するというわけにもいかず。結局、容疑者に近しい人間をターゲットにした情報収集が行われることとなった。
捜索が始まったことをコピーキャットに悟られてはならないため、インタビューはそれとわからぬよう自然に、紳士的に行わなければならない。
そのための技術を有する者はソウカイヤ内にあまり多くはなく、交渉に長けたビホルダーは必然的に主戦力としてケチなコソ泥探しに駆り出されることになったのだった。
「やはり、ある程度の社交性を持った者はそちらも伸ばしておくべきなのだろうなあ」
 新聞をめくりながら、ビホルダーが小さく溜息を吐く。アースクエイクは本に書かれた内容を目で追いながらも微かに苦笑し、「彼がニンジャだというのはいつ気付いたんだ?」と問い掛けた。
「疑いを持ったのは最初にサケ飲みながら話をした時かな。手っ取り早く喋らせようと出力を絞ったカナシバリをかけてたんだが、いやに効きが悪かった」
「恐ろしい人だな、貴方は」
「決め手は監視カメラ映像だがな。彼の会社から離れた場所が燃えていたのに微かに焦げ臭かったんで、ダイダロス=サンに確認してもらった」
「そういえば、あのエリアはカメラを増設したのだったか」
「ああ、あの辺でボヤはそう珍しく無いが、それでも最近は少し頻度が多かったからな……おっと」
 アースクエイクが休憩室を訪れてから、初めてビホルダーが新聞から顔を上げた。携帯IRC端末にノーティスが入ったためだ。メッセージを確認したビホルダーは新聞を折り畳むとラックに掛け、ソファから腰を上げた。
「そろそろ行かねば。ヤクザクランとの談合の研修だ」
「楽しそうだな」
 顔は本へと向けたまま、アースクエイクがちらりと視線だけを動かしてビホルダーを伺う。
「スカウトの真似事もたまには悪くないものだ」
そうか、と返してアースクエイクは読書を再開する。ビホルダーも、それ以上は何も言わず、休憩室を後にした。

「お待ちしておりました」
 トコロザワ・ピラー入口付近に停車した家紋タクシーの傍ら、グレーのスーツ姿の痩せた男が、姿を現したビホルダーにオジギをする。スーツのネクタイにはクロスカタナが刺繍されていた。
「それなりに様になっているな」
「恐縮です」
 微笑するビホルダーに応えるように、男も目を細めて挑発的な笑みを浮かべる。トレーニングで少々厳しくしすぎただろうか。随分と生意気になってしまったようだが、しかし、此処に来る前よりはよほど良い。どちらも同じ、猫を被った怪物だが、こちらの方が遥かに好ましい。
「では行こうか、アーソン=サン」
 アーソンと呼ばれた男は、「ヨロコンデー」という返答と共に、静かに、恭しく、タクシーの後部座席ドアを開ける。
そして彼は、綺麗にその背筋を伸ばした。微かに胸を張るかのように。
「センセイ、ドーゾ」





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