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有機野菜には本当に虫がつきにくいのか?

弱肉強食、適者生存の自然界。多くの生き物が、明日生きるか死ぬかもわからない緊張感の中で生きている中、唯一人類は明日が、一年後があるという確証を手に入れ、その安定的な生活をほしいままにしています。ここまで言うと大げさかもしれませんが、自分の食べ物を自分で育てる生き物は、人間かキノコ畑を営むハキアリくらいではないでしょうか。農業という産業を発展させることによって日々の食料を確保し、私たちは他の生き物との生存競争から解放されたようにも思えます。

けれど、よく考えてみると、私たちはまだ生存競争のさなかに生きています。その最たる例は、農作物の病害虫です。彼らは、作物を食し、寄生することで、私たちが食べるはずだったものを奪っていきます。過去の人類の歴史を顧みても、幾度となく病害虫によって飢餓が発生してきました。現代になっても、貧困国に暮らす人々にとっては、病害虫は彼らの明日を、未来を脅かす恐るべき存在です。

そんな病害虫を克服するために、人類は「農薬」を作りました。今でこそ悪者扱いされがちな農薬ですが、人類の歴史と現在の人口を鑑みれば、農薬が世紀の大発明、人類のスーパーヒーローであったことは容易に想像できます。農薬が一般的になった現代では、合成農薬の悪い部分にスポットが当てられ、その使用量を減らそう、無くそうという動きが盛んになっています。「有機農業」では、合成農薬の代わりに、天然由来の農薬や被覆資材、天敵など様々な方法を活用して、病害虫を防除する必要があります。

さて、前置きが長くなりましたが、今回の本題は有機農業での防除に関連した話題です。ネットなどを調べると「有機で栽培された健康な野菜には害虫がつきにくい」という説明をたまに見かけます(※当然、農薬の効果を無視した時の話です)。そんな都合のいい話があるのかなと説明を詳しく読んでみると、「有機野菜は葉の硝酸濃度が低いので害虫がつきにくい」とか「慣行肥料をたくさん与えるとアミノ酸濃度が高まって虫がつきやすくなる」とかいったもっともらしい説明がなされています。「そうなんだ〜」と流してしまえばいいところなのですが、客観的な根拠を提示している記事がほぼないことが気になったので、今回はこのテーマに関して、研究結果ベースで考えてみたいと思いました。

ただ、読む前に注意して頂きたいのは、研究結果も絶対的に正しいものではないという点です。特に農学、生態学分野の研究の場合、その実験圃場の条件などによって結果が異なることも往々にしてありますし、同じデータでも真逆の結論を導き出せることだってあり得るので、あくまで参考として実験結果をとらえてもらえたらなと思います。ただ、情報が溢れる今の社会で、科学的なデータを提示して論じることの必要性が増している思うので、このような記事を書いています。

● 肥料と害虫の関係

有機と慣行の比較の前に、まずは、肥料が害虫に与える影響を考えてみましょう。一般的に作物を栽培する上では、肥料、特に窒素肥料の施用が重要になります。しかし、この窒素肥料の施用自体が害虫の被害を増やすということが複数の研究結果によって指摘されています。

Zhong-xianら(2007)*1は、植物中の低い窒素濃度が植食昆虫の制限要因になっていることに起因しているのではないかと述べています。つまり、植物中の窒素含量は昆虫が必要とする体内の窒素濃度の水準よりはるかに低く、このために昆虫の生育や繁殖が制限されていると考えます。したがって、餌の窒素濃度が高まれば、その分、植食昆虫の生育・増殖量が増え、その結果食害が増える、というわけです。

比較的最近のRashidらの研究(2016)*2では、N(窒素)、P(リン)、K(カリウム)の施用量をそれぞれ変化させてコメをポット栽培し、コメ中のN、P、K、Si(ケイ素)、遊離糖、および可溶性タンパク質の含量を測定しました。また、発芽30日後に害虫のトビイロウンカを放流し、その後トビイロウンカについても生体中のN、P、K含量を測定しました。食害の程度は、ウンカの分泌する蜜の量を分析することで間接的に評価しています。窒素肥料を施用した場合としてない場合の結果を比較すると、コメのN含量と可溶性タンパク質含量が施肥によって有意に増加し、その結果トビイロウンカ体内の窒素含量とそれによる食害の程度も同様に増加しました。また、N含量の増加によって、害虫への防御機構で働くSiの含量の有意な低下も見られました。さらに、コメの窒素含量とウンカの窒素含量を比較すると、生育段階による差があるものの、ウンカの方が3倍〜8倍ほど高い結果が得られ、窒素がウンカの増殖の制限要因になっているという仮説の裏付けも示唆されました。一方、PやKの施用は、ウンカのP、K含量に影響を与えず、ウンカによる食害の程度にも有意な差を与えませんでした。窒素が害虫にとっても、特別重要な要因であるようです。

上記はポット試験の結果ですが、Cisneros J J.とGodfrey L D.によって実際の圃場で行われた実験(2001)*3も、窒素肥料の施肥量の増加が綿花のワタアブラムシによる被害を増やすことを報告しています。この研究では、窒素の施用量を57kg/haと227kg/haの2条件で綿花を栽培し、綿花の窒素濃度と、重要な害虫であるワタアブラムシの個体数をカウントしました。結果、施肥量の多い条件でアブラムシの個体密度が有意に高く、植物体中の窒素濃度と個体密度との正の相関が確認されました。また、Bentz J A.らの研究(1995)*4でも、窒素肥料の施肥によって、ポインセチアに産卵されたコナジラミの卵数と孵化した幼虫の生存率が高まることが報告されています。この結果も、植物体中の窒素濃度が高まったことに起因しており、コナジラミのメスの成虫は葉の表皮と皮下細胞を調べながら葉の窒素濃度を検知していたのではないかと研究者らは考えています。そして、幼虫の生存率が高まった原因は、制限要因である窒素の摂取量が増え、適応度が向上したためと考えています。

● 有機質肥料と害虫の研究

 さて、今までは肥料と害虫の関係について考えてきましたが、ここからは本題の有機農業について考えてみましょう。有機農業の特徴の一つは、化学肥料を使わないことです。そこでは化学肥料の代わりに、動物性または植物性の有機質肥料を投入するのが一般的です。そもそも化学肥料と有機質肥料の違いは、もちろんその原料が化学的に合成されたものか天然物に由来するものかという点も重要ですが、その作用の仕方の違いも重要です。化学肥料はアンモニアや硝酸、尿素といった低分子の窒素化合物を放出し、これらは畑などの好気的条件では硝化細菌によって速やかに硝酸まで酸化されて作物に吸収されます。一方、有機質肥料は、タンパク質などの高分子の有機態窒素で構成されていて、それらは直接植物に吸収されません。真菌や細菌などの微生物の分解作用を経てから、植物が吸収できる無機態窒素に変化します。したがって、効き目の速さは化学肥料の方が速く、持続性は有機質肥料の方が高くなります。

これをさっきの話と繋げると、有機質肥料を用いた方が害虫の被害が少なくなるというふうに言えます。効果の遅い有機質肥料を用いたほうが、作物の窒素吸収速度もゆっくりになり、葉の窒素濃度は比較的低く保たれ、害虫の被害も少なくなる、という理論です。実際に、有機質肥料で栽培された場合に、化学肥料で栽培された場合に比べて、作物中の硝酸塩(Barker, 1975)やアミノ酸(Lockeretz et al. 1981)、タンパク質(Eggert and Kahrmann, 1984)の濃度が低くなることが多く報告報告されています。

少々古い研究ですが、Thomas Wらの研究(1986)*5は、実際に有機質肥料と化学肥料の比較を行いました。その結果、牛糞堆肥を施用した場合に、化学肥料を施用した場合より、有意にアブラムシやハムシなどの害虫の個体密度が低く抑えられたと報告しています。また、P. L. Phelanらの実験(1995)*6でも、化学肥料を施用されていた土壌に比べて、有機質肥料を施用された土壌で、トウモロコシの害虫のアワノメイガの産卵数が低くなったことを報告しています。同様の研究は20世紀後半を中心に多く報告されていて、2003年のM A.AltieriとC I.Nichollsのレビュー論文*7の中でも、こうした論文を多く取り上げつつ、19世紀後半の化学肥料の普及によって害虫被害が拡大した可能性を指摘しています。

以上をまとめると、有機野菜は害虫がつきにくいという話は本当で、その理由は有機質肥料を用いることで葉の窒素(アミノ酸、タンパク質)濃度を低く抑えられることにある、と考えられます。

…と言いたいところなんですが、

”真実はいつもひとつ!”とは限らないのが、科学の難しいところで、今回のテーマに関しても、今まで述べた論を否定するような研究も出されています。何かを信じればこそ、その批判に耳を澄ませるべきですよね。自分の論に都合のいい研究だけを提示して述べるのはずるい方法なので、今回は「有機栽培しても害虫被害は変わらない、あるいは増えてしまった!」という研究結果も示したいと思います。ちっ、何だよ、ここまで読んだのに、と、がっかりしてしまった方には申し訳ありません(・_・;

● 反対の研究結果

 これまでの研究とは異なる結果を提示した研究を紹介していきます。もちろんここでも、農薬の影響は無視しています。

D.K. LetourneauとL.R. Foxが行った実験(1989)*8では、小規模のポット栽培試験と、より大規模の圃場試験の両方を行い、窒素施用量を変化させた時に、ケールの葉の窒素含量と産み付けられたモンシロチョウの産卵密度との関係を調べました。小規模のポット試験では、仮説通り葉の窒素含量が高いほど産卵数が増える結果が得られましたが、より現実に近い圃場試験では、葉の窒素含量と産卵数に有意な相関はないという結果になりました。また、A M. Rossiらの実験(1995)*9では、窒素施肥量が少ないほどヨコバイの一種の産卵数が増加するという結果も出ています。これらの研究は、窒素が植食昆虫の制限要因になっているという仮説を否定するような実験結果です。Zhong-xian*1らのレビューでも、115の研究論文で害虫の活動が葉の窒素濃度の増加とともに増えたと報告している一方で、最低でも44の研究で変化なし、または減少したという結果を報告していると述べられています。

害虫の種類やその餌嗜好性によって有機質肥料に対する反応の仕方が異なる可能性も提示されています。D B. Staffordらの研究(2012)*10では、アブラナ科野菜の害虫密度に対する化学肥料と有機質肥料の効果を比較しました。アブラナ科以外も摂餌する(=多食性・ジェネラリスト)アブラムシ(Myzus persicae)の増殖率は、硝安を施肥した場合に比べて、動物性有機質肥料を施肥した場合で減少しました。一方、アブラナ科のみを餌にする(=単食性・スペシャリスト)アブラムシ(Brevicoryne brassicae)の増殖率は、有機質肥料を施用した場合で増加するという真逆の結果が得られました。

キャベツなどのアブラナ科の野菜は無農薬栽培が難しいことで有名だと思いますが、「グルコシノレート」と呼ばれる化学物質を介して、その害虫、そしてその天敵生物との間に複雑な関係性が築かれています(R J. Hopkins, 2008)*11。アブラナ科の野菜はグルコシノレートを葉に蓄えており、食害を受けた時にこれを加水分解し、多くの植食昆虫にとって有毒な物質を誘導します。いわば天然の殺虫剤を持っているわけです。しかし、このアブラナ科のみを食するように進化したチョウ目やアブラムシの一種は、このグルコシノレートを毒性の低いニトリルへ分解する酵素を持っています。一般の植食昆虫はアブラナ科を摂食できませんので、こうしたスペシャリスト生物は餌を独り占めできるわけです。毒性のあるユーカリの葉を食べられるコアラと似たような戦略です。また、摂食によって幼虫の体内にもグルコシノレーが蓄積され、天敵昆虫の攻撃も受けにくくなります。つまり、アブラナ科の出す殺虫剤を自らの防御物質として転用しているわけです。さらにグルコシノレートは、こうした昆虫のメスが産卵場所を認識し、産卵を誘導するようなシグナル物質としても機能していると考えられてもいます。害虫防除のための物質を巧みに活用してしまう、何ともずる賢い戦略ですね。ただ、スペシャリスト害虫の独壇場なのかと思いきや、天敵昆虫の中にはグルコシノレートの分解酵素を有した寄生蜂などがおり、これらは害虫の幼虫に産卵し、孵化した幼虫は害虫の幼虫を餌として成長するのです。

こうしたアブラナ科-害虫-天敵昆虫の関係性に注目して、施肥の効果を調べた研究もあります。L Duchovskienėらの研究(2010)*12は、キャベツの栽培試験を行い、無施肥・牛糞堆肥・化学肥料の3条件で、先ほどのスペシャリストのアブラムシ(B. brassicae)と寄生蜂(D. rapae)の個体数を調べました。寄生蜂によって寄生されたアブラムシの数は有機質肥料を施用した区で高くなりましたが、先ほどの実験と同様にアブラムシの個体密度も有機質施用区で増加しました。これらを差し引きすると天敵による害虫被害削減の効果は限定的であり、有機質肥料の施用で害虫被害が増加したと結論づけています。こうした有機質肥料施用区でのアブラムシの増加は、グルコシノレートの濃度増加が関係しているのではないかと考えられています。J Staleyらの研究(2009)*13では、有機質肥料で栽培されたキャベツで、化学肥料栽培した場合に比べて、葉のグルコシノレート濃度が最大で3倍高かったと報告しています。グルコシノレートは、スペシャリストの害虫にとって、産卵のシグナルであり、天敵からの防御物質でもあるため、有機栽培を行うとグルコシノレート濃度が増加し、これによりスペシャリスト害虫が増える、という説明すら可能であるわけです。

● まとめ

今回は、いくつか論文を紹介しながら、”有機野菜は害虫がつきにくいのか”という疑問に、主に葉の窒素濃度という観点から考えてみました。植物中の窒素含量は、昆虫が必要としている窒素水準よりも低く、そのため窒素が昆虫の生育・増殖の制限要因になっている、という仮説は、窒素施肥量と害虫の関係を考える上で筋の通った説明ではあると思います。事実、ポット栽培のような、より条件の制御された実験では、施肥量または葉の窒素濃度と害虫の密度・産卵数に正の相関がはっきり出やすいのだろうと思います。

ただ、実際のフィールドでは様々な要因が害虫の個体密度に影響を及ぼしています。最後の方で見たように、宿主作物や害虫、天敵生物の種類や関係性によっても有機質肥料の効果に差が出てくるかもしれませんし、生育段階や季節(気温・降水量)、土壌の性質なども影響を及ぼす可能性があります。したがって、一概に有機野菜には虫がつきにくいと述べるのは限界があり、現実レベルでは個々のフィールドで反応を見てあげる必要があるのではないかと思います。

また、有機質肥料を連用する場合、定期的な土壌診断等に基づいて施肥設計を行なっていなければ、有機態窒素の蓄積により有機栽培をしていても過剰な窒素投入を行なってしまい、その結果害虫被害増加も含めた悪影響が生じてしまう、という可能性も考えられます。現場の農家さんにとっては当たり前の事かと思いますが、有機質肥料だからといって窒素をたくさん与えても問題ないという理由はありません。慣行でも有機でも施肥量は適切に、というのがどのみち大原則なのではと思います。

タイトルが”有機野菜は本当に虫がつきにくいのか?”と疑問形なのに、結局のところ白黒はっきりした解答が示せず申し訳なく思います。ただ、現実はいつもグレーなのかもしれません。相対する両方の主張を聞くことこそ、現実の問題を解決する最良の方法なのではないでしょうか。なので、この記事も、世の中の問題も、そのよう広い心持ちで捉え、参考にしてもらえたなと思います。


参考文献

*著者名,雑誌名は省略します
1.Effect of Nitrogen Fertilizer on Herbivores and Its Stimulation to Major Insect Pests in Rice,2007
2.Impact of Nitrogen, Phosphorus and Potassium on Brown Planthopper and Tolerance of Its Host Rice Plants,2016
3.Midseason Pest Status of the Cotton Aphid (Homoptera: Aphididae) in California Cotton - Is Nitrogen a Key Factor?,2001
4.Nitrogen fertilizer effect on selection, acceptance and suitability of Euphorbia pulcherrima as a host plant to Bemisia tabaci,1995
5.Ecological effects of organic agricultural practices on insect populations,1986
6.Soil-fertility management and host preference by European corn
borer, Ostrinia nubilalis (Hiibner), on Zea mays L.: A comparison
of organic and conventional chemical farming,1995

7.Soil fertility management and insect pests: Harmonizing soil and plant health in agroecosystems,2003
8.Effects of experimental design and nitrogen on cabbage butterfly oviposition,1989
9.Response of xylem-feeding leafhopper to host plant species and plant quality,1995
10.Opposing effects of organic and conventional fertilizers on the
performance of a generalist and a specialist aphid species,2012

11.Role of Glucosinolates in Insect-Plant Relationships and Multitrophic Interactions,2009
12.Effects of organic and conventional fertilization on the occurrence of Brevicoryne brassicae L. and its natural enemies in white cabbage,2010
13.Varying responses of insect herbivores to altered plant chemistry under organic and conventional treatments,2009

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