見出し画像

【第2回】だいたい250日後ぐらいに腎臓結石で緊急外来に運びこまれる留学生(Poripori2)

1日目
 2012年の4月ごろ、私は渡仏した。この時点では、三か月間の語学留学という予定で飛行機のチケットを買った。もっとも私はそれ以降も留学を継続することを望んでいたのでフランスの公立大学三校への願書提出を済ませた上での出発であった。
 正直、自分ではこの時点まで語学に関してかなりの努力をしたと自負しており、準備も万全だと思っていた。フランス人とのコミュニケーションに困らないよう、1年間、飯田橋の大手語学学校に週3で通い詰めた。様々な文献や人の体験談などを調べ、土地のことを学び、フランス人の性格を分析し、彼らの文化が生み出した作品をいくつも鑑賞した。しかし言うに易くというか百聞は一見に如かずというか、ともかく結論から話せば、語学の勉強以外はほとんど留学には役に立たなかったし、肝心の語学の方はこの時点では全くの力不足であった。さながら私は「レバーを引けばいいんでしょ?」ぐらいのノリでノコノコとスターリングラードの戦いまでやってきた新兵のようにこれから何度も打ちのめされることになる。もっとも語学で本格的に打ちのめされるのはまだ少し後の事であるが……。
 12時間もの長いフライトを経て、CDG、つまり二次大戦の英雄であり、その後大統領にもなった有名なシャルル・ド・ゴールの名を冠したパリの国際空港に到着した時、私はある違和感を覚えた。飛行機がターミナルにドッキングされ、密封されていた機内にフランスの空気が入った瞬間、なぜだか急に喉が割れるように痛くなり思わず飲みかけのコーラを全て口に含んだ。24年もの間吸ってきた空気とは違い、今吸っているこれはあまりにも乾燥しているのだ。
 私が最初にぶつかった障害は、今話した「空気」と後述する「水」である。つまり世界を構成する四大元素の半分は敵なのである。敵を知り己を知れば百戦危うからずというが、この二つは実際に現地に来るまで経験することはできない。まさに必定の一敗であった。
 空気の乾燥によって私は喉を傷めたので、スーパーでペットボトルの水を購入して普段より多めに飲むことで乗り切ろうとした。ここで次は「水」の問題が起きる。つまり日本で普段飲んでいた軟水とはミネラルの濃度が異なる「硬水」が不味すぎて飲めないのである。そして無理して大量に飲んだら、案の定腹を下した。南無三。
 もしかしたら今後ヨーロッパに留学する諸兄の為になるかもしれないので言っておくと飲み水の問題を解決するのはそこまで難しくない。「慣れるか」「避けるか」である。私の体は渡仏後2週間ほど経ったころからこの水に急速に順応し始めた。そして一度慣れてしまうとなんてことのないただの水になる。(ちなみにパリの水道水は絶対に飲んではいけない。念のため。)またスーパーにはよく探せば比較的日本の「軟水」に近いブランドも置いてあるので、なんと硬水をハナから「避けて」しまうという選択肢もある。私がこのオプションの存在を知ったのは大分先である。知は力なり。
 ともかく最初の2週間の間は主に乾燥と硬水に追い詰められた。パリでの滞在が3日目に差し掛かるころには、喉の痛みはピークに達し、さらには積み重なった疲労によって発熱し、私はホテルで2、3日寝込むことになった。夏祭りで釣られたはいいが水道水で満たされた水槽に順応できず、次の朝までに残らず死んでしまったあの金魚たちのことを思わざるを得ない。生物が環境に順応するとは、文字通りこういうことなのである。合掌。

                                続く

Poripori2
 中学受験で入ったスパルタ校の洗礼をうけ精神を病んだことから、10代のほとんどを引きこもりとして過ごす。その後、何を思ったか24歳で渡仏し、念願の大学生となるが、選んだ学科が運悪く哲学だったために、一銭も儲からない生活を送っている。31歳の今は博士課程に在籍。最近一児の父になった。名前に意味はない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?