異界神話体系(1)

第1話 群衆神アダマス

 闇に包まれた地下神殿に終わりはなく、ただ一つのかがり火が照らす薄明かりの先まで、御影石の床が続いている。床に刻まれた大きな円に沿って、瞳孔を開いた17人の子供たちが横たわる。足は円の外側に、頭が円心のかがり火に向いている。供物である。死んではいないが身動きもしない。それぞれ、喉元に毒鳥の尾羽根が差し込まれている。老いた神官は煙を上げる振り香炉を持ち、神々の言葉――只人には発音できぬ音と、旋律を伴った唄にも似た言葉――を低く呟きながら、供物の間を縫って歩く。神託が下るのである。彼らが信奉するのは〈暗い水の神〉であり、その使いは群衆神アダマスと言う。使いは、短い言葉を告げる僅かな間さえ、現し世に留まるために肉を要する。

 神官の呪いとも思える忌々しい言葉、揺れる香炉から立ち上る阿片と乳香の煙、冷たい床に刻まれた神々の似姿と聖句、麻痺した子供の微かな息遣い、すべてを覆う闇の帳、やがて聞こえ始める囁き。どこからともなく、闇全体に遍在するように気配が増してゆく。神官が一度立ち止まり、円の中心に戻って黙すると、青白く長い手が、床を這うように現れる。それは人の手に似ているが、指は7本あり、腕の関節の方向は無作為で、数は数え切れない。その恐ろしく長い腕が、1人の子供の足に触れ、全体を確かめるように顔まで進む。すると第2、第3の手がゆっくりと現れる。全方位から伸びた弱々しい手が、17人の円陣を囲む。子供たちの頭にせよ、足にせよ、掴める部分には指が食い込む。数は数百にも達しようか、闇から来る無数の手がゆっくりと供物を引きずる。温かい皮膚にあぶれた手が、毒の尾羽根を引き抜いて粉々に砕く。ズルズルと、1人、また1人と消え、全くの静寂が訪れたかと思われると、唐突に悲鳴が上がる。それを合図に、子供たちの阿鼻叫喚と、肉を喰う咀嚼音が聞こえ始める。神殿は地獄の喧騒に満たされる。

 ほどなく饗宴の嵐が過ぎ去ると、耳を破らんばかりの叫びが轟く。それは神々の言葉である。「イムの山稜、次の下弦、神罰、塵が降る」そして使者は一瞬にして去り、後は老いた神官と17人分の涙骨が残るばかりである。

 天地開闢以来、地上にある人々が成した共同体はすべて預言者を中心にしたものであった。現在、大陸に存在する国家も、未開の諸島部の部族も、神権を社会の最上に頂いている。全ては神々と共に、そして神々の意志のために在った。神権国家のもと、人々は文明を築き、生を営んだ。神殿を建て、金銀を精錬し、祭壇に奉じ、あるいは種を蒔き収穫し、水車で粉を挽いた。鉄を鍛え互いに殺し合った。稀代の詩人が月桂冠を掲げ、賢人が思想を大著に記した。馬車が石造りの都を駆けるようになったころ、神々の奇跡を再現する学問が生まれた。その学問が大きく発展し始めた頃、不可知である高位の神々を追い求める学者たちが世界についての仮説を立てた。寄り集まった泡のように数多の世界が接して存在し、その中心世界が、万物を想像した至高神そのものであると。泡の膜を抜け、正しい世界から正しい似姿の影を得れば、究極の真理に至ると。

[第2話 復讐神フリア(前)]へ続く

#逆噴射プラクティス

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