「生態系再生のための資金調達」論文(2024, Curr. Biol.)の要約と勉強メモ

Current BiologyにFinancing ecosystem restorationと題した入門的レビューが出ていました。ファイナンスのことは知りませんが、この雑誌に出るくらいなので生態学を専門とする人でもわかりやすい文章でした。興味がある人がいるかもしれないので、要約と私のメモ/疑問点を公開します。間違いのご指摘やご意見などいただけると嬉しいです。

論文はこちら
Zu Ermgassen, S. O., & Löfqvist, S. (2024). Financing ecosystem restoration. Current Biology, 34(9), R412-R417. 
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982224001738


自然再生のために資金調達が必要な理由

・社会が持続的に発展するためには生態系の回復が必要
・生態系の回復は気候変動対策にも直結する。IPCCは生態系の回復によって年間約3ギガトン吸収できると推定

・これまで、以下のような国際的な政策目標が策定されている。
ボン・チャレンジ:ドイツ政府と国際自然保護連合(IUCN)が2011年に。2030年までに3億5,000万ヘクタールの景観を回復
一兆本の木イニシアチブ:UNEP(国連環境計画)とFAO(国際連合食糧農業機関)が2020年の世界経済フォーラムで。2030年までに1兆本植える
昆明-モントリオール地球規模生物多様性枠組:2030までに陸水域の30%を保全、民間からの資金調達(2030年までに2000億ドル)など。
欧州自然再生法:いくつもの具体的な政策目標。2030年までに都市緑地の純減少を防ぎ、25,000kmの河川を自由な流れの状態に回復させるなど。
国連生態系回復の10年:2020-2030年に国、民間、市民社会の関心を喚起する

・しかし、最近の報告では、2030年に向けて設定されたこれら野心的な約束を、達成するめどは立っていない。
・現在の5-7倍の資金が必要

生態系の回復のための公的資金

・生態系再生のための資金の80%以上は公的資金。主に国内向けの公的資金(ただし資金の流れは不明な点が多い)
・公的資金が生態系再生に使われるのはいくつか方法がある。補助金(生態系サービスへの支払いなど)、交付金、開発援助を通じた多国間寄附など。
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メモ:生態系サービスへの支払い(PES)に関して。PESによる公的資金調達は以下の事例が分かりやすいと思いました。福岡市水道水源涵養事業基金
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/shiraberu/policy/pes/water/water02.html 世界的にも水資源という生態系サービスではPESが用いられやすいよう。
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・コスタリカは、公的資金で森林を大きく再生できた。
・生態系再生のための公的な補助金は重要だが、より重要なのは、生態系を破壊する(生物多様性とトレードオフのある)補助金を廃止すること。
・昆明-モントリオール生物多様性枠組でも、生態系への有害な補助金を特定し廃止することがターゲット18に掲げられている。
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メモ:生態系に有害な補助金に関して。ここの削減が、生態系再生のための公的資金関係で最も大きな目標のように思えます。昆明-モントリオールでも2025年までに有害な補助金を特定し、2030年までに年間5,000億米ドル以上を減らす、とかなり具体的かつ時限付きの目標が決められてる。エネルギーと農業セクターの補助金/税優遇措置の廃止が主な対象っぽい。廃止だけじゃなく、補助金のグリーン化(補助金は継続しつつ、生物多様性への負荷を下げることを条件にする)も含まれる?以下のようなニュースは、この流れを見据えた動きだと考えると納得できる。
日本初、補助金に環境を義務化 農水省、2兆円の全事業で2024年4月から

ただ、どれが「有害な補助金」か、という特定の段階で関係省庁や団体の激しい交渉が行われるように思います。公的資金による補助金は目的があって行われてきたものなので、生物多様性に有害だと目されたからと言ってその補助金を一律に廃止するロジックはなかなか厳しそう。そういった意味で、「有害な」というネーミングは一方的で少しケンカ腰だなとも思います。生物多様性とトレードオフがある補助金?とかが穏当?以下のBIOFINの記事が分かりやすかったです。

ここにも「補助金が何らかの課題解決に貢献してなかったとしても、民間企業や利益団体が補助金によって利益を得ると、その利益を維持するためにロビー活動を行うことが多い。そのため、補助金改革は常に社会政治的な課題に直面する」とあります。ここをリードする省庁の方(環境省が主導するのだろうか?)は、非常に困難な仕事になるのだろうと思います。でも時限付きで具体的な目標があるので、やるしかないですね。
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生態系の回復のための民間資金

・民間からの資金調達は非常に重要。なぜなら民間企業の活動が生態系破壊の主因であり、かつ公的資金だけでは生態系保全の資金が足りないから。

・民間からの資金調達で生態系保全に関わるには様々な方法がある。ここでは4つのタイプが紹介されてる。(以下、炭素と生物多様性をあまり区別せず議論が進む気がします)

①普通の投資:投資家に直接的利益をもたらす投資。生物多様性に投資をすることで生産性が向上したり、リスクを低減したりする投資。エコツーリズムや低負荷林業への投資など。(環境債もここに含まれる?)
②インセット:自社のサプライチェーン内での環境影響を相殺する投資。事業の持続性やマーケティング的利益があることを期待。食品会社が、自社の材料を生産する農家に投資をして、環境負荷を下げる方法など。(メモ:いわゆる環境再生型農業の隆盛はここに由来するのだろうと思います。
米ネスレ、主要原料の調達でリジェネラティブ農業を強力に推進――サプライチェーン全体で加速
③炭素や生物多様性クレジットへの投資/オフセット:経済活動が起こした生態系の破壊を補償するために、生態系の再生の実施を示すクレジットを購入すること。
④寄付や慈善活動:企業の社会的責任を達成するために行う活動

・この中でも③オフセットは、生態系の再生という伝統的には市場経済で扱うことが出来なかったサービスを市場経済で扱うための重要なメカニズム
・特に、自主的炭素市場(Voluntary Carbon Market)を利用したカーボン・オフセットは、ほとんどの大企業の脱炭素化戦略で活用されている。

・オフセットのための炭素市場には、自主的なもの(Voluntary)と義務的なもの(compliance)がある。義務的炭素市場とは、国・地域の排出削減義務や排出量報告制度等の規制に基づいて始まったもの(日本の排出削減義務を達成するために始まったJクレジットなど)

・義務的市場は炭素だけでなく、生物多様性を対象にしたものもある。アメリカの湿地への影響を緩和するためのミチゲーション・バンク制度など(メモ:ミティゲーション・バンキングによるウェットランド等の生態系保全、10年ほど前に起こった生物多様性オフセットの議論はここ?)
・生物多様性オフセットを成立させるためには、生態系の利益を測定するための目標と手段、そして実施を保証する監視制度などが必要。

・義務的市場は、自主的なものよりも規制がしっかりしており、クレジットの保証をすることで投資を呼び込める。
・ただし資金調達の規模は限定的。なぜなら、定義上、他の場所での損害を補う「防御的支出」にすぎないから。自然の状態を積極的に改善するような追加的な回復を実現することはできない。

・クレジットの需要があるという明確な政策的シグナルがあれば、投資家は、オフセット・スキームに投資しはじめる。
・例えば、土地の購入や生態系再生実施のための資金を調達し、生物多様性/炭素的な利益をクレジットとして販売する。
・環境影響債などはこれにあたる。
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メモ:環境影響債(グリーンボンド)について。環境対策に使うことを条件に発行される債権。論文中では、世界資源研究所、米国農務省森林局、全米森林財団が開発した森林レジリエンス・ボンドがあげられている。仕組みは以下の通り。

https://www.blueforest.org/finance/forest-resilience-bond/ から図を引用

投資家から資金を集めて、森林管理をする人たちの活動資金となる。適切な森林管理によって、大規模火災の防止/流域の健全化/水資源など多様な利益が生まれる。プロジェクトの経済・社会・環境的な多面的な利益をきちんと評価し、その利益を受ける組織がレジリエンス・ボンドにお金を払う。このお金が投資家に支払われる。多面的な利益の測定と、そこに誰がいくら払うのか、というスキームの設計が肝になりそうですね。
ちょっとわからないのは、なぜわざわざ債券を発行して資金調達するのか、ということ。債権というからには、余分にお金を返す必要があるはずで、それでも外部から資金調達しないとスタートするまとまったお金がない、ということだろうか。
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・オフセットの具体的な手順は以下の通り。
①オフセットのために再生される生態系に投資がなされ、生態系がある程度回復する。回復した分が「ハビタット・バンク」に登録されクレジットとなる。
②開発によって生態系が毀損される。企業は「ハビタット・バンク」からクレジットを購入する。実際は中間業者がたくさん存在し、利益を分け合う。オフセットされる生態系は、開発される場所の近くであるべき。
③オフセットが本当に保証したかどうかは、慎重なモニタリングと再生の実施を確認することが必要。歴史的に、ここが不完全でオフセットは十分な成果を上げられなかった。

・オフセットへの投資は低リターン/高リスクで投資が呼び込めない。そのため公的資金を合わせたブレンテッド・ファイナンスがある。
・でもこれはリスクを公的資金(納税者)に負わせ、利益を民間が得るだけではという批判もある。

社会的に公平で生態学的に確実な成果を確保するために

・民間資金を調達するための仕組みは発展してきたが、失敗例もたくさんある。
・上にあげたような民間資金調達の多くは、市場参加者には金銭的利益をもたらしたが、環境面の利益は限定的(森林カーボン・オフセット@カリフォルニア州、原生植生オフセット@豪ビクトリア州)。
・民間資金が保全にうまく機能するのは「公平な意思決定のための仕組みが整備され、土地の機会費用が低く、所有権が明確で、復興のニーズに沿った政策の枠組みがある地域」の場合。失敗はその逆。
・北半球が主導で、南半球で実施された環境介入は、その地域に住む人たちの生活と福祉を守ることができなかった。

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メモ:森林炭素クレジットの失敗。2023年から、数千億円の市場に急成長しつつある森林炭素クレジットが実は機能していない(=炭素削減できない)ということが立て続けに報告されている。

もしそうなら、完全なグリーン・ウォッシュだ。(森林)カーボン・クレジット全体の信頼性も低下するだろう。こういった事態を受け、アメリカ政府も、信頼性を高めるためのガイドラインをつい先日(2024年5月)発表している。
バイデン米政権が自主的炭素市場の発展に向けた新たな措置を発表

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生態学的・社会的に健全な復興のために

・問題は、投資家の期待(金銭的利益)と生態系の再生から得られる生態・社会的利益に必要なコストとのずれ。
・モニタリングにも、順応的管理にも、地域コミュニティとの調整にもお金と時間がかかる
・民間資金が国家主導の公的資金の代替となるのではない。
・民間資金を生態学的・社会的に好ましい結果に導くためのガバナンス、測定、実施システムを整備するために、公的資金が必要である。(なるほど)

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メモ:例えばどういうことだろうか。生物多様性の測定技術やそのデータベースは公的資金を投入することで整備・公開し、広く使えるようにするなど?あるいは、生物多様性クレジットの位置情報や実施状況をモニタリングするためのシステムを公的資金を使って整備する、とかだろうか。公的プラットフォームを整備するにしても、使いやすいものにしないと広く使ってもらえなさそうですね。
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・技術で解決できる問題もある。eDNAやリモセンは測定をモニタリングコストを低下できる。資金調達の新たな仕組みを作れば投資を呼び込める。DDが必要なコストの高い小さなプロジェクトを1つの商品にまとめることも有効かも(よくわかってないですがサブプライム・ローン的な?)
・ただ、技術革新では解決できない問題もある。ガバナンスと地域コミュニティがプロジェクトに参画するための適切な公共投資は、社会と環境にとって好ましい結果をもたらすための前提条件である。

・アカデミアがでるきこと

生態学者:生態系再生によって生まれる利益に関する理解を深める責任(これは多様な生態系サービスを明らかにして定量化する、ということだろうと思う)。将来のキャッシュフローとその不確実性を推定し資金調達手段を構築できる。低コストで確実な生態学的モニタリングや、投資の生態学的成果を評価するための統計的手法の開発に貢献するイノベーションの開発にも携わるべき。(後者はめっちゃ難しそう)

金融学者:生物多様性投資の不利な点を克服する新たな資金調達スキームを構築する役割

ガバナンス専門家:金銭的利益と社会的/生態学的目標とのトレードオフを緩和するメカニズムを探す必要。

・学際チームで頑張ろう。

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