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自粛生活でクラッシックを聞く


 コロナ自粛生活のため、自宅で過ごす時間がとんでもなく長くなりました。時間を持て余しています。テレビもコロナ、コロナで見ても仕方ありません。私は映画好きだったのですが、なぜか最近は映画をみようという気になりません。NetflixとAmazonプライムには見切れないほどの映画がありますが。結果として、クラシック音楽を聴く時間が多くなりました。むろん気にいったCDもかけますが、画面があった方がなぜか楽しいので、テレビのクラシック番組をよく見ます。ただ数は少ないのです。

 その中で、 NHKの「クラシック倶楽部」は自動録画でほぼ毎回見ています。以前にもご紹介しましたが、我が家では10チャンネルを約1週間分自動的に録画していますから、時間にあわせてテレビのチャンネルを合わせるなどという事は10数年したことありません。すべて自動録画で見ます。見落としはありません。なにしろ、ハードディスクの値段が下がったので、レコーダーには昔では考えられなかったような4テラバイトのハードディスクがあります。ただ、実際に見る番組、見ようとする番組はごくわずかですが、時間という制約から解放された世界を知ると元には戻れません。

 この「クラシック倶楽部」はこれまで聞いたことも見たことも無い才能に溢れたアーティストの演奏を聴くことができます。コロナでコンサートがなくなり、新しい収録がないからか、過去の番組から色々と放映してくれます。何よりも若くて才能あふれる音楽家ばかりです。ここで気がついたのですが、かつてはコンサートも放送番組もいわゆる大家と言われる作曲家の作品を、これまた名人と言われる一部の演奏家で聞いていたことに気が付きました。今まで聞いたことがない楽曲、聞いたことも無いみたことがない才能と出会う番組になりました。改めて日本人音楽家の水準の高さと層の厚さを認識させられました。

 NHKに「クラシックTV」という番組もあります。これは、クラシック音楽をエンターテイメントとして楽しむ番組だと思います。実に楽しい番組です。毎回色々な演出でゲストとして出演する人は、実にユニークで才能に溢れた若い人です。本当は脂の乗り切ったアーティストですが、私から見るとすべて若い人に見えてしまいますので、ご容赦願います。

 むろん番組はディレクターがいて企画していると思いますが、 MCのピアニスト清塚信也さんが番組を素晴らしいものに仕上げていると思います。もちろんピアノはどの曲も弾けるのではないかと思うほど堪能ですが、語りの音楽の知識がタメになって、かつ面白いです。音楽の知識が増えました。ゲストとの掛け合いも凄いく水準が高くて感心するばかりです。ということは、精神がわくわくする時間です。アシスタントの鈴木愛理さんもこの番組に花を添えています。あどけない美人歌手です。

 テレビ朝日の「題名のない音楽会」これは何十年も続いている番組ですが、最近よく見るようになりました。この番組もクラシックをエンターテイメントにした番組ですが、特徴はクラシックの枠を打ち破るような企画です。あり得ない組み合わせの楽器とアーティストが、見たことも聞いたことも無いパフォーマンスを楽しませてくれます。この番組のMCの石丸幹二さんも万能のミュージシャンで、そして語りが楽しくて魅力的です。さらに、この番組の画像というか画面作りが非常にイノベーティブです。ですから、すごく脳に刺激的です。

 このように、クラシックを聴くようになって改めて気がついたことがありました。若い時からクラシック音楽を好きというより、聞いた方がいい、というような学校教育の延長線上に自分自身がいたことに改めて気がつきました。ですから、聴く音楽もバッハ、モーツアルト、ベートーベンが多く、ブラームスやショパンそしてチャイコフスキーといったお馴染みの曲が多かったと思います。コンサートやテレビ番組でもやはりこのような曲目が多かったと思います。「クラシック倶楽部」はこれと違う世界を私に押し込んできたと思います。いわゆるウィーンのドイツ系の音楽から少しずつ新しい音楽の世界に変わってきました。ウィーンからパリに移動したようです。どちらかといえば重厚で暗い感じのドイツ系の音楽からドビッシー、サティー、ラベルといった明るい春のような音楽をもっぱら聞くようになりました。CDも改めて何枚か買うことになりました。むろん、明るい曲ばかりではありません。それでも深刻ではなく、オシャレな感じに聞こえます。

 クラシック音楽をある意味、本格的に聴くようになったのは、30代後半のベルリン在住の時代でした。なにしろベルリンフィルの本拠地ですし、ベルリン・ドイツ・オペラ、そして東ベルリンに行けばベルリン・コーミッシェ・オーパーがあり、世界中の超一流の音楽家が毎日のように演奏していました。しかも極めて安いチケットでした。

 ベルリンフィルではむろんカラヤンの演奏も聞きました。印象に残っているのは小澤征爾がカラヤンの後継候補として、ベルリンフィルを指揮した時のことです。通常、数回で終わるカーテンコールが十数回も続いていつ終わるのか心配したことでした。もう一つは、これもカラヤン後継の候補としてバレンボエムが来た時のことです。確か曲目はベートーベンピアノソナタだったと。このチケットは真冬のベルリンの午前3時に並んで買いました。一緒に並んでいるのは音楽学校の生徒たちです。なにしろ5マルク約500円でした。そしてこの席は舞台裏のくぼみの席です。音楽学校の生徒はこの席からは鍵盤の上の指使いが見えるから、それを見るために並んでこの席の切符を買うわけです。私はその中に混じって聞いていました。

 このベルリンフィルで本当に音楽を聴いたと実感したのはアルノルト・シェーンベルクの「浄められた夜」です。それまでに聞いたことのなかった音楽で、背筋に刺激が走る感じでした。これまでに経験がなかったことです。帰って調べると「世紀末の音楽」で20世紀の夜明けを告げる曲で、全く新しいジャンルの音楽だったと知りました。イノベーションに触れたのでした。新しい化学工学、電気工学、機械工学の産業革命の始まった時代です。現在の大企業の多くが19世紀末から20世紀の初めにかけて創業しています。

 ベルリン・ドイツ・オペラでは多分カール・ベームの最終公演を聞いたと思います。両腕を抱えられて登場しましたが、流石指揮台ではシャキッとしていました。 この劇場でワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を初めて観劇しましたが、歌詞もわからずただ延々と続く歌声で、いつしかぐっすり眠ってしまい、音楽が終わったとき目が覚め、ロビーでシャンパンを飲んでそのあとも、やっぱり寝込んでしまいました。当時のオペラ劇場のロビーは社交場の雰囲気が残っていて、ドイツ人の男性ははタキシードでご婦人はロングのドレスでした。これはこの劇場だけでしたが。旅行者と学生はひどい服装でした。会員制ですが、チケットはその日観劇の都合がつかない人が玄関先で安く売ってくれました。ダフ屋という人はいませんでした。で3,000円くらいでしたでしょうか。

 当時の東ベルリンは西ベルリンと全く貨幣価値が違い、シュタットオペラで一番いい席が5マルク、約500円でした。世界的に有名だった、オットマール・スイトナーの指揮する演奏を最前列、そのスイトナーの真後ろの席で聞きました。その印象が強くて何を聞いたか記憶にありません。プログラムを取っておけばわかったかもしれませんが捨ててしまったと思います。

 この後の人生は時間に余裕がない生活でコンサートやクラッシック番組から縁のない生活が何十年も続きましたが、コロナの自粛でクラシックを聴くという世界にまた迷い込んだわけです。

クラシック倶楽部
https://www.nhk.jp/p/c-club/ts/6N5K88R4Q5/ 
クラシックTV
https://www.nhk.jp/p/classictv/ts/14LJN694JR/ 
題名のない音楽会
https://www.tv-asahi.co.jp/daimei/ 

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