花留多唄【い】いちご
『いちご』の花は白くて可憐なもの。私たちが食べる部分は果実ではなく、花托と呼ばれる部分なのだそうです。
以前、一緒に働いていたパートさんで仲の良い女性がいました。
安定した職業の夫を持ち、子宝にも恵まれ、家族仲良く新築の家に住み……という絵に描いたような幸せそうな姿。
彼女のお宅に招待されたとき、庭の一角に案内してくれました。
そこは一面のいちご畑。真っ赤な実が鈴なりになっています。
彼女は私にボウルを差し出し、「夫が好きなだけいちご狩りを楽しんでもらってと言ってたの」と微笑みました。あのとき、彼女の笑みが眩しかったのを覚えています。
もちろん彼女には彼女なりの悩みや苦労もありました。けれど、それを感じさせない明るさと強さが幸せと重なって見えて、心底羨ましかったのです。あのとき『いちご』とは幸せの象徴のように思えました。
『いちご』の花言葉には『幸福な家庭』『誘惑』という意味があると知り、なんだか彼女を羨ましく思ったことを見透かされたようでどきりとしました。
ですが花言葉は他にも『尊敬と愛』というのもあります。彼女が家族へ惜しみなく捧げる愛情が花を咲かせるのでしょう。
ところで、スロバキアの民話に『12の月の贈り物』というものがあるのをご存知でしょうか。
主人公の少女は雪の降る寒い中だというのに、継母親子に意地悪をされてあるはずのないスミレやいちごやリンゴを取りに行かされるのです。
途方に暮れて彷徨う主人公はやがて大きな焚き火を見つけます。それを囲むのは12の月の精たちだったのです。いちごのときは6月の精が力をふるい季節を変えて助けてくれます。
そのお話を幼い頃に読んでいるせいもあるのでしょう。いちごには『手を伸ばしても届かないもの』というか『羨望』というイメージがあります。『あなたは私を喜ばせる』という花言葉も持ついちごですが、食べてみたら意外と酸っぱかったりしてね……。
文字札:いつか見た幸せ
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