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ど素人がKindle出版して売れ筋ランキング16位になった話

「異動することにしました。これ以上は耐えられないので」

同じ職場で働いていた最後の理解者が、別の部署へ異動した。
「まじか......」とつぶやいたものの、新しい環境で頑張ろうと思える同僚の姿が、眩しかったのと羨ましかったのを覚えている。

私が出版する、少し前の出来事だった。


副業を考えたきっかけ

もともと職場に恵まれず、長らく低所得層から抜け出せなかった私は、最終的には墨一滴垂らせば真っ黒になるだろうというブラックな環境で働いていた。案の定、体を壊して病院のお世話になることに。

その後どうにかホワイト企業に転職したけれど、長く染みついたブラック時代の記憶から逃れられず、収入が会社員の給料だけ、ということに不安を感じてはいた。

そして転職したホワイト企業も、上司が代わることによって仕事が制限されるようになってしまい、出世の道は皆無。上司のお気に入りグループを引き立てるためのコマとして扱われることに嫌気がさした同僚が次々と異動、または退職してしまった。

つくづく私は仕事運がない......。決められた仕事をこなすだけの毎日に嫌気がさした私は、コロナで業務が減ったのをこれ幸いと判断。やりがいを副業に求め、何かよいものはないか調べることにした。

ライティング講座の存在を知る

奇しくもコロナが流行したことにより、ITインフラが凄まじい勢いで構築され、家庭のシステム環境までをも整備。Zoomを利用した副業講座も活発になった。中でも一際目立っていたのが「ライティング講座」であり、スキルゼロ、経験ゼロでも稼げる可能性があるものとして大注目。もちろん私も、注目の視線を浴びせた一人だった。

昔から文章を書くのは好きだった。できることなら文筆で食べていきたいと思っていた時もある。しかし多くの人がそうであるように、成功する確率と生活を天秤にかけた結果、私は文字が敷き詰められた道を通るのは諦めたのだ。

幸いなことに少額の体験講座が開催されることがわかり、気軽な気持ちで参加してみた。別に講座に参加したからといって何か変わるわけではないだろう、と何も期待せずに。ストアカに登録したらポイントをくれたから、期限も迫っているし使っちゃえ!と。

そんな「クーポンもらったから飲み会行くわ」程度の気持ちで参加した講座で、私はWebライターという仕事を知った。文字を書く仕事は何も作家だけというわけではない、ということも。

講座の内容は、私の軽い気持ちとは対照的に重いものだった。雰囲気ではなく、ボリュームが。1,000円程度の値段でここまで情報とノウハウを出すのかこの人は、と後の師となる講師の若い女性に驚かされた。たった1,000円でここまでするなら、正規の講座料金を支払ったらいったいどれほどのものを返してくれるのだろうか、と期待に胸が膨らむ。

とはいえ、本講座の受講料は一括支払いで15万円。もはや給料が上がらないことが確定した私にとっては手痛い出費である。講座をブックマークリストに入れて、気にかけつつも毎日を消費するしかなかった。

そんな毎日をどうにかこなしていた中で、次々と理解のある同僚が去り、最後の一人も異動。笑顔で別れを告げられたその日、私は講座の支払いのためにクレジットカードを切った。

受講スタート

いざ6回の講座がスタートすると、規定料金外の講座も続々開催。本来隔週で出席する予定が、ほぼ毎週Zoomに向かってキーボードを叩く羽目になった(有り難いことです......)。

もっとも、フルタイム、かつ土曜出勤もある社会人が講義の時間を毎度確保できるはずもなく、欠席が続き、与えられた課題もまともに出せないありさまだった。

もともと私は文章を書くのに苦労したことは、ほぼない。出来栄えはともかくとして、生まれてこのかたずっと扱ってきた母語を形にするだけだからだ。頭の中に渦巻いている言葉を文字にするだけなのに、苦労も何もない。
※論文などは除きます。

しかし、その「出来栄えはともかくとして」というのが、本当に問題だった。

同期がプロばかり

課題が出せなかった理由は、私がいい加減だから、というだけではない。60人はいたであろう同期は、ほぼ何らかのプロだった。中にはライティングのプロもいたし、一緒に講義を受けている最中に、逆に講師として教鞭をとるメンバーもいたぐらいだ。明らかに「文字をつづることができるだけ」の私とはまったくレベルが違っていた。

課題のひとつに「noteに投稿する」というものがあったが、文章ひとつとってもやはりプロは「読ませる文章」を書く。とてもではないが、レベルの高いプロの提出物の片鱗を見た後に、自分の課題を出す気にはなれなかった。

とはいえ、私が課題をこなしてもこなさなくても、卒業は近づく。ライター稼業の第一歩として電子書籍を出版する、というのが講座の本丸だったが、卒業までには当然だが仕上がらなかった。

とりあえずやってみる


卒業後も、うだうだ課題を進めたりやり直したりを繰り返したが、講座で教わった内容を復習し、改めて考えてみた。どういう表紙を作れば見てもらえるのか、どのようなタイトルをつければ人目を惹くのか。毎日膨大な数が出版される電子書籍の市場で、素人の本をどうやって見つけてもらうのか。

デザイン、タイトル、そして売るためのマーケティング。ふつうの人より少し文字を書くのが得意で、ほんの少し絵心があるけれど、所詮、私はただのど素人。それでも、経験がないなりに知恵を絞って考え続けた。

また、出版の売上は期待するほどのものではない、ということは常々聞かされていたため、可能な限り出版コストを下げるよう努めた。表紙のデザインを自分で考え、中扉も作成。デザイナーでもコピーライターでもマーケターでもないけれど、いろんな作品を参考にし、書店にも足繁く通って形にしていった。

終盤はかなりやっつけ作業だったと思う。しかし、出版した以上はそれなりに売上を立てたいというのが本音。自分の市場分析が正しいかどうかは出版するまではわからないので、期待1/10、諦め9/10ぐらいの感覚だった。

電子書籍出版

そしてようやく形になり、無事出版・・・とはならなかった。

まず、アップロードした情報※(表紙、本文)がページに反映されない。時間が経過しても出てこない。体感半日程度過ぎて(実際には2時間程度)、ようやく自分のパソコン画面で確認できるようになったと思ったら、今度はランキングの数字が出ていない。つまり、自分の本が今、何位にいるのかわからないのだ。
※電子書籍、という名称の通り、入稿は特定の拡張子に変換したデータを提供先にアップロードします。表紙も同様の作業でアップします。

そんな悲惨な状況を透視したのか、先に出版した同期の仲間がなんと当日に救済講座を開いてくれた。なんて絶妙なタイミング...。

講座には他の仲間も参加していたが「さっき出したんです!ランキングが表示されないんです...!」と普段は顔出ししていないZoomですっぴんのまま登場し、恥も外聞もなく真っ先に泣きつく私。

そして「たぶん大丈夫だよ」と、彼女にやさしく反映されない理由を教えてもらった。タイムリーに講座を開いてくれた彼女には今でも感謝しており、私の心の中では「同期の女神」とお呼びしている。

トラブルは、結果的に時間が解決してくれた。

さて、販売当初は発売セールで99円セールを行っており、部門ごとの新着ランキングでは申請した10部門全てで1位を獲得。

書籍というものは、その性質上、発売後しばらくすれば読まれなくなり、売上が下がって行くものである。電子書籍出版は初めてだが、書店に並ぶ有名作家のベストセラー本でも、3ヶ月もすれば目立つ棚からは姿を消す。その事実を知っていたので、初動でランキング1位を取れたのはありがたかった。

ちなみに、無名の新人が新着ランキング1位(新着ベストセラー)をとることができたのは、名だたる先輩方や同期がX(当時のTwitter)でリポストし、拡散し倒してくれたおかげである。もちろん、応援の意味を込めてお買い上げくださった方もたくさんいらっしゃる。

執筆作業は割と孤独なのだが、これだけたくさん仲間がいるのだなぁ、と改めて感じた。

さて、新着ランキングは発売後1ヶ月のみのため、これ以降は売れ筋ランキング、という電子書籍市場全体の売上でカウントされる。さすがにここまで食い込むことは無理だろうと思っていたが、なんと、悩みに悩んだ初めての電子書籍は、1年以上かけてこの市場全体のランキング16位まで食い込んだのだ。結果的に、売れ筋ランキングの全部門で1位、ベストセラーとなった。

そのランキング数字は、マーケティングもまともに学んでいなかった私が、悩みながら、つたないなりに行った市場分析が間違っていなかったことの証明だった。

2桁の印税が入ってくることはもちろんだが、それ以上に、全体ランキングにここまで食い込めたことで、何者でもなかった平凡な会社員の私が、自信を持って「電子書籍作家」と名乗ることができるようになった。それが何よりも嬉しかった。

今後について

電子書籍出版市場は右肩上がりだが、それゆえ参入してくる人間も多い。また、AIが急速に発達したおかげで、今まで文章を書いたこともない人たちが「AI作家」としてどんどん書籍を出版し、市場が混迷期に突入している。

今後は市場側もかなり大掛かりな整備をしてくるだろう。すでに今の時点で、すでに電子書籍が飽和しており、新しく出版しても読んでもらうことが難しい状態になっている。

初めての出版から1年と2ヶ月。この間に3冊出版し、それなりにノウハウを蓄積してきた。今後は、自分の新しい作品を生み出すだけでなく、出版を志す人のサポートをしていきたいと思っている。


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