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【オメガバース小説】犬のさんぽのお兄さん【第94話】

【地方都市×オメガバース】オメガでニートの園瀬そのせあずさは、T中央公園を散歩中に謎の長髪イケメンアルファ(ダサい臙脂えんじのジャージ姿)に出会う。その瞬間、ヒートが起きて運命の番だと分かり——!?


 三月になり、大分春めいて来た。俺はてっきりイースターは今月あると思っていたのだが、日日ひにちは毎年違っていて今年は来月十七日だそうだ。だから月末まで、妊婦健診以外の目立ったイベントはない——いや、すっかり忘れていたけれどひな祭りがある。
「でも俺達男には、ひな祭りは関係ねーんだよなあ。りょーちゃんは女アルファかもだけど」
 三日の今日のために、京一郎がスーパーキョー◯イで買って来たひなあられを袋ごとボリボリ食べながら俺はそうぼやいた。大手メーカー越前製菓の雛あられには、マヨネーズ味があって特別美味しい——そればかりって食べていたら、京一郎に「幾ら何でも酷すぎる」と呆れられた。
 その時、甘酸っぱい香りが漂って来て俺は目を輝かせた。あられの袋を持ったままソファから這い出すと、ヨタヨタしながら(腹が大き過ぎて立ち上がってすぐはこうなる)キッチンへ向かった。
「京一郎! 酢飯すめし錦糸卵きんしたまご! 錦糸卵を食わせろ!」
 大声でそう言いながら現れた俺を見て、寿司桶の中の酢飯を杓文字しゃもじで掻き混ぜていた京一郎は眉を寄せた。俺は細切りにした黄色い錦糸卵がボウルに盛られているのを見つけ、目をきらきら輝かせながら引き寄せられるように近付いた。すると京一郎がサッと奥に引っ込めたので「あーっ!」と叫ぶ。
「出来立ての! 出来立ての錦糸卵は最高に美味いのに! 食わせろー!」
「何かの妖怪みたいだな。『妖怪卵達磨たまごだるま』といったところか」
「卵達磨!? どんだけ丸いって言いたいんだよ!」
「いや、丸いだけでなく、錦糸卵を与えないと暴れ出す悪い妖怪だ」
「解説すんなし!」
 自作の妖怪(というか俺)の解説をされてぷりぷりしていると、「ほら」と言って小皿に取り分けた錦糸卵を渡された。それに俺は「うおーっ!」と雄叫びを上げると、手掴みでむしゃむしゃ食べたので京一郎は唖然とした。
「なあ、ちらし寿司(※ばら寿司のこと)に入ってる椎茸しいたけってさ、ナメクジに見えねえ?」
「は?」
 京一郎は手際良くちらし寿司を完成させた。寿司桶から皿に装って紅生姜べにしょうがや桜でんぶを盛り付けている彼の脇から顔を出した俺は、酢飯に混ぜ込まれている細切りの干し椎茸を一切れ摘んでそう言った。すると思い切り顔を顰めて聞き返されたので、口を尖らせて説明する。
「子どもの頃は椎茸の見た目と食感が駄目で食べられなかったんだよ。今は普通に食いまくってるけど……」
「だが断じてナメクジには見えないぞ。失礼な言い草過ぎる」
「悪かったって。あ、ナメクジといえばさ、雨上がりに植木鉢退けたら大抵居るじゃん。台所から塩持ってきてぶっ掛けるの楽しかったなあ……」
「……サイコパスか?」
 何気無い幼少時のエピソードを披露したら、京一郎は深刻な顔をしてそう言ったのでちょっと焦った……。

「うまっ、うまっ! 何杯でもお代わり出来るぜ、ちらし寿司!」
「ちらし寿司のお代わりは駄目だぞ。でも卵のすまし汁ならOKだ」
「マジ!? じゃあ鍋に残ってるの全部飲んでも良い!?」
「流石、妖怪卵達磨……卵の許容量の桁が違う」
 妖怪呼ばわりされるのにはもう慣れたので、俺はるんるんとキッチンへ行った。落とし込んである卵本体はお代わり禁止だしもう無いが、僅かな残りと三つ葉とワカメをガスレンジの上の鍋からたっぷり装った。
「あー。出汁が利いてて最高! みるゥ!」
ただの顆粒出汁だけどな」
 テーブルに戻り、椀からごくごく飲みながら叫んだら、京一郎は嬉しそうにそう言った。それに俺はくすくす笑って、幸せだな、と思った。
 その時、ぽん吉がトコトコ歩いて来て「ぐるる……」と小さく唸った。
「どうしました? ぽん吉さん」
「あーっ! それ、俺のあきたいぬ靴下!!」
 ぽん吉は布切れのようなものを咥えていて、よく見たらこの前Yタウンで買った、ご当地ちゃんシリーズのあきたいぬスニーカーソックスの片方だった。俺はダイニングチェアをガタッと言わせて立ち上がると、靴下を取り返そうとぽん吉に近付いた。
「ガルル……」
 けれどもぽん吉はまた唸って素早くテーブルの下に潜り込み、ガウガウ言いながら咥えている靴下を振り回した。買ったばかりでお気に入りなのに、ボロボロにされてしまう。俺は彼に向かって手を伸ばそうと、何も考えずに屈んだ——。
「ぐえっ! いてて……」
 当然、思い切り腹がつかえて反動で尻餅を付いた。低い位置からだがどすんと尻を打ち付けたから、内心「やばっ」と思った。それは見ていた京一郎も同じようで、「あずさっ!」と叫んで立ち上がった。
「はは、尻餅ついちゃった……」
 駆け寄って来た彼を見上げてそう言った時、腹にれるような痛みが走った。
「痛い……」
「あずさ!?」
「痛い痛い、お腹が痛いよぅ……」
 思い掛けない事態にべそをかきながらそう言った。それに京一郎は真っ青になったが、冷静に「出血があるかどうか、横になって確認しよう」と応え、俺の体を支えてソファへ向かった……。

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