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【オメガバース小説】犬のさんぽのお兄さん【第8話】

【地方都市×オメガバース】オメガでニートの園瀬そのせあずさは、T中央公園を散歩中に謎の長髪イケメンアルファ(ダサい臙脂えんじのジャージ姿)に出会う。その瞬間、ヒートが起きて運命の番だと分かり——!?


 ドラマの一シーズンをぶっ通しで観たから、夜が明ける頃に俺は寝落ちした。
 何故か京一郎も俺に付き合って、昨夜は先にソファで眠ってしまった。

 良い香りがして目が覚めた。肉が焼ける匂いだったから、すぐに腹がギュルルと鳴った。
「はよ! 京一郎」
「なんだ、起きたのか。おはよう」
 キッチンへ行くと、ガスコンロの前に立っていた京一郎が振り返った。調理中は長い黒髪をポニーテールにしているのだけれど、美形の剣士っぽくて女子ウケしそうだよな、と思った。
「何作ってんの? うお、ソーセージエッグ」
 京一郎の隣へ行きコンロの上のフライパンを覗き込んだら、卵が二つとソーセージが四本、じゅうじゅうと音を立てて焼けていた。
「簡単なものですまないな。俺もさっき起きたんだ」
「全然良いよ。めっちゃ美味そーだし! あ、俺、ごはんよそおうか?」
「頼む」
 俺は炊飯器のそばへ行くと、自立するタイプの杓文字しゃもじを手に取った。炊飯器は虎マークのあのメーカーで、一人暮らしなのに五号半炊きだった。
「そーいや、京一郎はずっと一人で住んでんのか?」
「この家では、そうだ。自分用に建てたからな」
 茶碗はアイランドキッチンの作業スペースに二つ並べてあった。その一つに白米を山盛りにしながら尋ねると、京一郎はソーセージエッグをフライパンから皿に移しながらそう答えた。
「親は亡くなってんだっけ?」
「そうだ」
 続けてそう聞いたら、京一郎は短く答えた。二十九歳なら親は五十代後半か六十代だろうに、早いなと思ったがそれ以上は聞けない。資産家なのに早死にとか、人生上手くいかねーもんだな、と心の中で呟いていたら、今度は京一郎が質問した。
「お前は実家暮らしなんだろう?」
「そうそう、こどおじ(※ネットスラング。子ども部屋おじさんの略。仕事に就いているのに実家で暮らしている男性の蔑称べっしょう)だよこどおじ。いや、就職したことないし、やっぱただのニートかな!」
 例によってあっけらかんと答えたら、京一郎は突っ込まずに「ご両親と?」と聞いたから、「オカンとじーちゃんばーちゃんとだよ!」と教えた。
「そうか。大事にされてるんだな」
「大事っていうか、さじ投げてるだけだよ。俺、大学も行かなかったし」
「そうなのか」
「うん。学校とか怠かったから」
 俺はそう言うと白米を盛った茶碗を二つ運び、味噌汁とソーセージエッグに、昨夜も供されたほうれん草のおひたしが並べられたテーブルに着いた。
「うん! 今日もメシウマ!」
「この程度で喜んでくれるなら、お安いものだ」
 半熟卵の黄身と一緒にソーセージに齧り付いたら、ジュワッと肉汁が飛び出して美味しかった。味噌汁の具はわかめに豆腐、油揚げで、やっぱりとても美味しい。
「うーん、ばーちゃんの飯も美味いけど、この家広いしきれいだし、こっちのが居心地良いかも! 近所の人に見られるから外出るな、とか言われんし……」
「そうか。なら今日から住むか?」
「えっ……」
 思い掛けない申し出に、俺は目を見開いた。
「いきなり同棲? はちょっちハードル高いかも……」
 少し眉を寄せてそう答えると、京一郎は真剣な顔で「そう言わずに」と言ったから、ブッと噴き出した。
「ていうか、いくら運命の番だからって、俺なんかに良くしても良いことねーぞ。見ての通りちゃらんぽらんだし」
 くすくす笑いながらそう言ったら、京一郎は眉を寄せて「そうだが」と応えたので、「肯定すんなし!」と突っ込む。
「お前みたいな奴が運命の番だと知って、初めはがっかりしたんだ」
「おい! めっちゃ失礼だな」
 京一郎がそんなことを言い出して、俺は顔を顰めて抗議した。すると、彼は真面目な顔で続ける。
「永遠に会えないかもしれないが、俺は番のために純潔を守っていたのに、いかにも遊び人風だったから……思わずカッとなって、あんな態度を取ったんだ」
「じゅ、純潔……」
 なんか重いな、と思ってっていたら、京一郎は味噌汁を一口すすってから、「でも意外にも、お前も処女だったから良かった」と言った。
「俺は単に機会がなかったから処女で童貞だった訳だけど……いや、今も童貞だわ」
 言葉の途中で「自分だけ童貞卒業しやがって」と思って、京一郎のことがちょっぴり憎らしくなったが、「じゃなくて」と言って続ける。
「アルファで金持ちで、そんだけ格好良かったら引く手数多あまただったやろ? それなのに童貞だったとか、どんだけ運命の番にこだわってんだ」
 そう尋ねてから、京一郎がそんなに執着していた相手が自分なのだと気付いて、ちょっとぞわっとした。すると、京一郎はさも当然のように言う。
「運命の番というのは素晴らしいものだ。両親を見ていてそう思ったし、自分も出会いたいと思った。それに昨日お前を抱いて、最高にかったし満たされたんだ。こだわったのは間違いではなかった」
「そ、そうかよ……」
 熱弁を振るわれて、俺は真っ赤になった。
 まだ京一郎のことはよく知らないし、色色突っ込みどころがあるのに、チョロい俺はかなりグラッときた……。

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