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【オメガバース小説】犬のさんぽのお兄さん【第99話】

【地方都市×オメガバース】オメガでニートの園瀬そのせあずさは、T中央公園を散歩中に謎の長髪イケメンアルファ(ダサい臙脂えんじのジャージ姿)に出会う。その瞬間、ヒートが起きて運命の番だと分かり——!?


 あっという間に三月の下旬を迎えようとしていた。月曜は春分の日で世間は三連休だが、もちろん俺達には余り関係ない。けれども初日の土曜は掛かり付けの産婦人科で父親学級があるから、京一郎は朝早くから気合いを入れていた。
「他の父親達に遅れを取る訳には行かない。三十分前には病院へ行くぞ」
「遅れを取る訳にはいかないからって、一番乗りする意味ある!?」
「父親になる意気込みをアピールするためだ」
「アピールって誰にだよ!!」
 妙な理由を並べているが、とにかくわくわくして早く行きたいんだな、と俺は理解した。そんなに待ち遠しくしているのだから、もちろん京一郎は事前に父親学級の内容を病院に問い合わせていて、特におむつ交換と沐浴の実技指導を楽しみにしていた。他にも、妊娠中の母体に必要な栄養素についての短い講義があるのに興味津津きょうみしんしんだ。
「ついつい、あずさが食べたいと言うものばかり作っていたからな。これからは栄養素に重点を置いた献立こんだてにしよう」
 病院に向かうため、並んでいつもの公園を横切りながら京一郎がそう言った。もちろん学級には彼だけ参加するから、健診の日でもないし俺には用事が無い。だから待っている間、近くの雑貨店にでも行こうかな、と考えていた。
「あ! でも雑貨屋の向かいにペットショップがあるな。ハリネズミ見に行こっかなー」
「俺の話をまるっと無視するな」
 脈絡無くそう呟いたら、京一郎は眉を寄せて文句を言った。それにへへへと笑って「ごめんごめん」と謝る。すると京一郎ははあ、とため息を吐いて言った。
「ハリネズミは可愛いのが居たら買ってやる。顔で選ぶんだぞ」
「何その具体的な指導!?」
 てっきりハリネズミを飼うのには反対されると思っていたから、俺は目を見開いた。しかも顔で選ぶって……。
「スチル写真のモデルにするのも良いと思ってな」
「え、ハリネズミを!?」
「そうだ」
「でも、ぽん吉みたいに訓練出来ないだろ!?」
「いや、自然にしているのを撮る方が良い」
「はええ……」
 そんな理由で許可が下りるとは思わなかったが、何はともあれ欲しかったハリネズミが飼えるかもしれない、と俺はわくわくドキドキした……。

 そうして京一郎と別れ、病院から徒歩五分ほどの場所にあるチェーンのペットショップ「ティアモ O店」に向かった。俺は犬が欲しかったから、以前子犬を見るためだけに訪れたことがある。
「おっ、エキゾチックアニマルコーナーは奥だな」
 子犬や子猫の生体を展示しているのは二階で、他にもフードやおやつ、ウェアなどが所狭しと並べられている。一階も同じで、奥に鳥やエキゾチックアニマル——犬猫などメジャーなもの以外の特殊な愛玩動物——の生体展示コーナーがある。もちろんフードやおもちゃも置いてあって、更に奥には魚や昆虫などが展示されていた。
「ガアガアガアッ」
「うおおっ」
 目をきらきら輝かせながら小動物コーナーに近付いた時、足元から大音声がしたので俺は叫び声を上げた。見ると、床の近くのケージに白いアヒルが入っていた——コールダックという種類で、本物のアヒルの四分の一の大きさにしかならないと説明がある。それでも鳴き声はとんでもなく大きいから、集合住宅はもちろんのこと街中でも中中飼えないな、と思った。しかも結構良い値段がする。
「アヒルじゃなくて、ハリネズミ、ハリネズミ……」
 俺は気を取り直すと、目当てのハリネズミを探した。一匹二千円ちょっとしかしないハムスターのケージの隣にはモルモットが居て、更にその隣にハリネズミが居た——わくわくしながらケージの中を覗き込む。
「なんだ、寝てんのか」
 ようやく見つけたハリネズミは大鋸屑おがくずのような床材とこざいの上で丸まり、スヤスヤ眠っていた。札を見ると去年の夏生まれで、もう随分大きい——長い間こうやって展示されているのだな、と思うと可哀想になった。ちなみにオスでカラーはピントと書いてあった。白っぽい色で黒のまだら模様がある。値札を見て結構高いな、と思っていたら、隣に三分の一くらいの値段が付いた生体が居るのに気付いた。
「何でこの子、こんなに安いんだ? まだ小さいのに……って、ノーマルだからか」
 ピントのオスの隣に居たのは、今年の初めに生まれたばかりのメスでカラーはノーマルとあった。つまり、模様が無く茶色い至って普通のハリネズミということである。けれども俺は何故だかその子が気になって、暫くじっと見ていた。
「あっ! 起きた……」
 そうしたら、二分くらいしてハリネズミは目覚め、手前に置いてある水の器に近付いて来た。丸まっていた時には見えなかった顔がよく見える——とても可愛い。
「この子なら、京一郎のお眼鏡にかないそうだな……」
 俺はそう呟くと、スマホを取り出してラ◯ンメッセージに『美少女ハリネズミが居たぞ!』と入力して送信した……。

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