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【オメガバース小説】犬のさんぽのお兄さん【第55話】

【地方都市×オメガバース】オメガでニートの園瀬そのせあずさは、T中央公園を散歩中に謎の長髪イケメンアルファ(ダサい臙脂えんじのジャージ姿)に出会う。その瞬間、ヒートが起きて運命の番だと分かり——!?


「ぽん吉さん、そんなに慌てないでください。それに、ぽん吉さんの食べられるものは売ってないですよ」
 ハーネスを着けたぽん吉は、ぐいぐいリードを引っ張って屋台の立ち並ぶ参道を進んでいた。あちこちから食べ物の香りがするから興奮してハアハア言っている。
「ぽん吉、お前も食いてーよなあ! 俺も食いたい……」
「何を食いてーんだ?」
「んーっ、悩むなあ……とりあえず箸巻はしまき(※お好み焼きを箸に巻いたもの)は絶対食う」
「ほう、箸巻きか。中中良いセンスだな」
「だろ!?」
 たこ焼きの屋台の前を通りながらそんな会話をする。反対側にはベビーカステラの屋台があり、「あれも食いてーな」と呟く。
「まずは初詣を済ませるぞ。まあまあ混んでいるようだが」
「あっ、終わったらおみくじ引こうぜ! 去年、俺何出たんだっけ? 覚えてねえ……」
「俺はもう何年も引いていないな。おみくじ」
「そうなん? 京一郎だし凶出たらウケるな!」
「……」
 俺の言い草に京一郎は眉を寄せて黙ったが、気にせず石段の最後の数段を駆け上った。すると後ろから「こら、走るな」と注意された。
 拝殿の前には短い行列が出来ていて、俺と京一郎と彼に抱っこされたぽん吉は最後尾に並んだ。屋台から離れたから、ぽん吉は大分大人しくなった。それでも人が多いから、京一郎の腕の中できょろきょろして「キャン!」と一声鳴いた。
「そういや帰り、Yタウン行くんだろ? ぽん吉入れないけどどうすんだ?」
「ぽん吉さんは賢いから、車の中で静かに待っていてくれる。幸い、冬だから熱中症にならない」
「へえ! キャンキャン吠えたりしねえの? 割と鳴く方だけど」
「一人ぼっちのときは警戒して鳴かないんだ。身を潜めて気付かれないようにしている」
「なんか忍びっぽいな!」
 そんな阿呆な会話をしているうちに、列が進んで順番が近付いてきた。俺はわくわくして待っていたが、ふと賽銭さいせんを用意していないことに気付いた。というか、何でも京一郎が払うから財布自体持っていない。
「京一郎。五円くれ」
「五円で良いのか? 同じ穴あきなら五十円もあるぞ」
「じゃあ五十円! 五円よりパワーがありそうだもんな!」
「そういうものか?」
 そう言って手を差し出したら京一郎は首を傾げたが、財布を取り出して手のひらに五十円を載せてくれた。ちなみに彼の財布は俺の知らないごっついブランド物だ(しかしシンプルな黒の二つ折りで上品である)。
 それからすぐに順番が回って来て、俺は賽銭箱に五十円を投げ入れるとガラガラ鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼した。器用にぽん吉を抱いたまま京一郎も同じ様にして、大きな手をパンパンと打ち鳴らす音が響いた。それからさっさと脇へ退くと、彼が意外そうな顔をして言った。
「お前がちゃんとした作法を知っていると思わなかった。どうせ適当に柏手かしわでして終わるものだと……」
「何だと!? 失礼な奴だな! 俺はこれでも仕来しきたりにはうるさい方だ」
「嘘をつけ。新年の挨拶もしないで栗きんとんを食べようとした癖に」
 俺は鋭い指摘にうっと呻くと、話題を変えようと「さあ! おみくじ引くぜ!」と言って授与所に向かった。また小走りになっていたら、大股で追い掛けて来た京一郎がぐいと腕を引いた。
「あずさ、頼むから走らないでくれ。ハラハラする」
「あっゴメーン!」
 ふざけて片目をつむり舌を出しながら謝ったら、ゴツンと軽い拳骨を食らった……。

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