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【オメガバース小説】犬のさんぽのお兄さん【第28話】

【地方都市×オメガバース】オメガでニートの園瀬そのせあずさは、T中央公園を散歩中に謎の長髪イケメンアルファ(ダサい臙脂えんじのジャージ姿)に出会う。その瞬間、ヒートが起きて運命の番だと分かり——!?


 それからは、マンションの部屋のインテリアを少しずつコーディネートしていくのが俺の楽しみになった。相変わらず具合は良くなかったから、横になったままでネットショッピング三昧だ。けれどもまだ何一つ買っていなくて、運命のシーリングライトとの出会いを探し求めている。
「しっかし、我ながら、ぽん吉に負けず劣らず優雅な生活だよな……」
 ソファに横になったままふと呟くと、キッチンで料理中だった京一郎が顔を出し、「何か言ったか?」と聞いたので「俺はぽん吉りに優雅なんだよ!」と叫ぶ。すると京一郎は目を見開いたが、すぐにニヤッとして言う。
「それは違うぞ。ぽん吉さんはつわりでゲーゲー言ってないし、段違いに優雅だ」
「なんかこの上なくムカつく……」
 俺は眉を寄せてそう呟いたが、罪悪感を覚えないで良いようにそう言ってくれたのかな、と思った。だからソファから起き上がると、京一郎が引っ込んだキッチンへ行く。
「何作ってんの?」
「あずさちゃんの大好きなフライドポテトとハンバーグだ。食べられそうか?」
「うん。ポテトはもちろんだけど、今日はハンバーグもいけそう……」
 揚げたてのポテトの乗っているバットから一つ摘んだら、予想外に熱かったので「あちちっ」と叫んで取り落としそうになる。すると京一郎はフン、と言って「お行儀が悪いからだ」と続けた。
「だって、こういうのってつまみ食いが一番美味いじゃんかよお」
「そうなのか? 俺はそんな手癖が悪いことはしないから知らないが」
「京一郎ってさらっと辛辣しんらつだよな……」
 俺はふうふう吹いて冷やしたポテトをもぐもぐ咀嚼そしゃくしながらそう呟いた。
「まあ母の影響がある。厳しい人だったからな」
「ああ、お母さんってオメガだったんだっけ?」
「ああ。男性オメガだ」
「へえ! 俺と同じなんだ」
 そんなやりとりをして、俺は京一郎の両親について詳しく聞いたことが無かったのに気付いた。亡くなった理由も知らない。
「お父さんはアルファだろ?」
「ああ。ちなみに男性アルファだ」
「ふーん」
 やっぱりな、と思いながら相槌あいづちを打った。すると京一郎が続けて言う。
「父は幾つも会社を経営していた。代代事業をやっていたし」
「ほお〜」
「父と母はまだ十代の頃に出会った。母はごく普通の家柄の生まれだったから釣り合わないと祖父母にはうとまれたらしい。俺の一族はずっとアルファ同士で結婚していたからな。しかし運命の番だし、父がぞっこん惚れていたから折れた」
「へえ! すごく美人だったとか?」
「見た目は神のように美しかった。その上オメガだから、若い頃はモテ過ぎて困ったそうだ」
「すげえ! だから京一郎も超絶イケメンなんだな」
 自慢話に素直に感心したら、京一郎は嬉しそうになったがすぐにしょんぼりして言った。
「しかし、性格がキツくてな。小さい頃はよく折檻せっかんされてビービー泣いていた」
「怖っ」
 そんな姑が生きていたら大変だったな、と俺は心の中で呟いた。
「それで……何で亡くなったの?」
「ああ、それは……」
 思い切って聞いてみたら、京一郎は沈んだ顔で話し始めた。
「父は働き詰めで体を壊したんだ。四十代後半から入退院を繰り返してな。十年前に亡くなってしまった」
「そうだったんだ……」
「当たり前だが母は大層悲しんだ。それで父の死後、鬱病うつびょうになった」
「そんな……」
 運命の番だし、普通の夫婦よりも結び付きが強かったのだろう。「辛かったな」と言おうとしたら、それよりも先に京一郎が続けた。
「自殺したんだ」
「え……」
 突然の告白に、俺は大きく目を見開いた。
「ずっと引き籠もっていたのに、ある日ふらっと海へ行って。俺に連絡があった時には……」
「……」
 俺は何と言えば良いか分からなくて黙り込んだ。すると、京一郎は自嘲の笑いを浮かべて言う。
「母は鬱になってから特別気難しくなっていたし、正直面倒だったんだ。だからあまり実家に帰らなくて……。俺がもっとそばに居てやれば、と後悔しても後の祭りだ」
「でも、京一郎のせいじゃないよ……」
 俺は小さな声でそう言ったが、慰めにはならないだろうな、と思った。俺だって早くに母親を亡くしたが、自分のせいで亡くなったと思っているのならずっと辛いだろう。
「でもそれでも、お父さんとお母さんみたいに運命の番に出会いたいと思ったんだな」
 番を亡くした母親が生きていけなかったのを見たのに何故だろう、と思ってそう聞いた。すると、京一郎は苦笑して答える。
「だからこそだ。亡くしたら生きていけない程全身全霊で愛せるなんて、素晴らしいと思ったんだ。想像を絶する悲しみの中に居たと知っていても」
「そうか……。俺なら、むしろ怖いって思うけどな。そんなの見たら」
 そう言ってから、自分達もいずれそうなるのかな、と思った。俺も、京一郎を失ったら死を選ぶのだろうか……。
「普通はそうだろうな。しかし、俺はずっと唯一無二ゆいいつむにの存在が欲しかったんだ。ある意味、両親から刷り込まれたのかもしれないな」
「そっか。俺は唯一無二とか全然考えたことなかったけど、京一郎が運命の番で良かったぜ。メシウマだし」
「結局そこなのか……」
 京一郎は俺の言い草にがっくり肩を落としたが、フッと笑うと顔を上げて言った。
「でも、お前のそういうところに救われている。阿呆あほうだが、俺が沈んでも必ず引き上げる明るさがある」
「なんか褒めてんのかけなしてんのか分かんねーけど。阿呆とか言ってるし! でも良かったな、お互いに!」
 俺は顔を顰めてそう言ったが、京一郎と見つめ合ってくすくす笑った……。

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