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【オメガバース小説】犬のさんぽのお兄さん【第96話】

【地方都市×オメガバース】オメガでニートの園瀬そのせあずさは、T中央公園を散歩中に謎の長髪イケメンアルファ(ダサい臙脂えんじのジャージ姿)に出会う。その瞬間、ヒートが起きて運命の番だと分かり——!?


 そんなこんなでひな祭り当日の午後は大変だったが、翌日も翌翌日も腹が痛くなることは無く具合もすこぶる良かった。俺はすっかりいつも通りにふざけながら面白おかしく暮らしていたが、京一郎は前よりもずっと心配性になり、二十四時間俺から目を離さなかった。
 そして俺は妊娠二十六週になり、先程受けた妊婦健診でも何の問題も無かった。尻餅をついたことと腹が痛んだこともちゃんと伝えたが、痛みがすぐに治まったのなら大丈夫だと言われた。
「健診も問題無かったし、来週末はいよいよ父親学級があるな、京一郎!」
「ああ……」
 昼食に野菜たっぷりのポトフを作っている京一郎の向かいに掛けてそう言ったら、彼は真面目な顔で応えた。尻餅事件があった日から、相変わらず余り元気が無い。俺はどうしたら元の京一郎に戻って貰えるのかな、と少し考えて、「あっ」と声を上げた。
「京一郎、俺があげたう◯このフォトフレームに写真入れようぜ。なんだかんだ、まだプリントしてないだろ」
「そうだな。お腹の大きい二十五歳児の世話に掛かり切りで、それどころではなかった」
「二十五歳児って! でも母ちゃんも似たようなこと言ってたな。『いつまで経っても子育てが終わらない』って……」
「はは。でも今度はあずさが子育てする番だぞ。もちろん俺もだが……」
「俺に育てられたら、りょーちゃん、結構ヤベェ奴になりそうでこえぇわ。自分で言うのも何だけど」
「大丈夫だ。例え多少頭がおかしくても、元気一杯楽しく生きて行く筈だ」
「……」
 酷い言い草に俺は口を尖らせたが、いつもの調子が少し戻って来たな、と思ってホッとした……。

 今日はいつもと趣向を変えて、散歩がてらバスで駅前へ向かった。駐車料金が高いというのもあるが、京一郎と出会う前はずっとお世話になっていたし久し振りに乗りたくなったからだ。そして、駅ビルの地下にはカメラのミナミムラがあるから、そこで京一郎が撮った写真をプリントするつもりである。
 市バスは通勤通学時間帯を除いて大体空いているが、お年寄りが多いので優先席は埋まっていることが多い。けれども最寄りの停留所で車両に乗り込むと、おばあちゃんが立ち上がって席を譲ってくれたので申し訳なかった。
「京一郎。たまには運転しないのも良いだろ」
 優先席の向かいに立っている京一郎を見上げてそう言うと、彼はこっくり頷いて言う。
「何も考えずにお喋りしているうちに目的地に着くし、本当に楽だな。車は時間に縛られずに好きなところへ行けるが」
「忙しい人は大変だけど、俺みたいな身分なら待ち時間も楽しいぜ。余分にうろうろするから、ドア・ツー・ドアで移動してる人に比べて、思い掛けない出会いがある」
「成程。そういうのも良いな」
 そんな会話をしている俺達を——というか京一郎を、他の乗客達がちらちら見ているのに気付いた。一人だけ立っているから背が高いのが余計に目立つし、何よりこういう場では殆ど見掛けない美形だからだ。一体どういう人物なのだろう、と皆が思っているのが分かる。
「さあて! 駅前に到着、到着〜」
 駅前には二十分弱で到着した。いつもならぴょんと飛び降りるところだが、尻餅事件の日から気を付けているから、俺は手摺りを握って慎重に車両から降りた。すると、先に降りていた京一郎がすぐに手を取ってくれた。
「すぐにミナミムラ行く? それとも先に散歩すっか?」
「何か事件が起こったらプリント出来ないからな。先にミナミムラに行く」
「事件て! う起こんないだろ……」
「いや、あずさと過ごしていると常にスリリングな思いをするからな。油断はしない」
「スリリングで愉快な毎日! 良いじゃん」
 そんなやりとりをしながら、駅構内から地下一階へ続くエスカレーターに乗った。カメラのミナミムラは下りてすぐ左手にある。とても小さな店舗で、りんごのマークの米大手テクノロジー企業の修理サービス窓口と狭いスペースをシェアしている。前に和式便器にあいぽんを落とした時にお世話になったと言ったら、京一郎は顔を顰めて「ちゃんと洗ったのか?」と聞いたので「そのせいで中に水が入ってお釈迦になったんだよ」と答えた。
 カメラのミナミムラでは貸し出しのパソコンを何台も用意していて、それに客がセルフサービスで写真データを読み込ませ、仕上がりサイズ等を決め注文する。パソコン操作に慣れていない人には中中難しいシステムだが、もちろん京一郎はお手のものだ。
「あれ、SDエスディーカードじゃないんだ」
「ああ。ワイファイでスマホに転送した」
「え、カメラから直接?」
「そうだ」
 無線通信でカメラから直接スマホにデータを転送出来ると聞いて、俺ははええ、と声を上げて感心した。佐智子の持っているカメラは旧式で、未だにSDカードを使ってデータを出し入れしているので知らなかった。
「うおっ。大画面に映されると照れるなあ。俺って可愛いけど」
「確かにあずさちゃんは可愛いが、自分で言うな」
「さらっと肯定すんなし」
 大きな液晶ディスプレイに自分が写っている写真が表示されてそう言ったら、そんな返事があったので俺は顔を赤らめた。
「よし、プリントしてる間に四階のヴェレヴェン行こうぜ。前に言っただろ? 京一郎きゅんの大好きなゆめかわグッズがあるって」
「別に俺はゆめかわグッズが好きな訳じゃない」
「あとさ、カプセルトイ王国があるから回しまくろーぜ! プリクラも……」
「まるで高校生のデートだな」
「良いじゃん! たまには……」
 そんな会話をしながら、俺達はエレベーターに乗り込んだ……。

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